* Caramel Tea *

Reading Diary

2009年09月の記事一覧

--. --. --

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- --:-- | スポンサー広告

2009. 09. 23

『妻たちと娘たち―日々の生活の物語』

Wives and Daughters: An Everyday Story (1866)
エリザベス・ギャスケル / 東郷秀光・足立万寿子 訳 / 大阪教育図書 (ギャスケル全集6)
[ Amazon ]

田舎町のホリングフィールド。医師ミスター・ギブスンの一人娘モリー・ギブスンは、幼い頃に母親を亡くしたものの、父親の愛情を受けて成長した。12歳のとき、この町の領主であるカムナー伯爵夫妻の園遊会に招かれたモリーは、その大邸宅で以前カムナー家の娘たちの家庭教師をしていた美しい女性ミセス・カークパトリックと出会う。彼女は牧師補と結婚したがまもなく死別しており、モリーと同じ年頃の一人娘シンシアがいた。それから数年後、モリーがもうすぐ17歳になろうというとき、とある出来事がきっかけで、モリーにはお目付け役の母親が必要だと考えたミスター・ギブスンは、再婚することを考え始める。その相手に選ばれたのが、ミセス・カークパトリックだった。親しくしているスクワイアのハムリー家に滞在中にそのことを知らされたモリーはショックを受けるが、そんな彼女をハムリー家の次男ロジャーが慰め、ふたりは友情を育んでいく。結婚式が挙げられ、モリーは新婚旅行から帰宅した父親夫婦と暮らし始めるが、父親と二人で過ごす時間がなくなってしまったことや、新しい母親が見栄っ張りで軽薄であることに気づき、気の沈む日々を送るのだった。そんな折、フランスの寄宿女学校へやられていた美しい娘シンシアが、母親たちと一緒に暮らすために帰ってきた……。

著者ギャスケルが執筆途中に亡くなり、未完となった作品。とはいえ、まとめの何章かが書かれなかっただけで、内容的にはほぼ完結しています。

1820年代のイングランド北部の田舎町を舞台に、「日々の生活の物語」の副題のとおり、中産階級の少女の生活を描いた物語。
起きる事件といえば、父親の再婚や義理の姉妹の恋愛スキャンダルに巻き込まれることぐらいで、これまで読んできたギャスケル作品 『メアリ・バートン』 『北と南』 の労働者問題や、『ルース』 の未婚の母といった社会問題、『悪夢の一夜』 の殺人などのような題材はいっさい出てきません。しいて言えば、『クランフォード』 をもっと写実的にした感じかなあ。
スポンサーサイト

* Tag : エリザベス・ギャスケル  

2009.09.23 23:00 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2009. 09. 13

『ホワイトストーンズ荘の怪事件』

Double Death (1939)
セイヤーズ、クロフツ他 / 宇野利泰 訳 / 創元推理文庫
1985-03
[ Amazon ]

遺産目当てに殺されそうだと訴える老夫人。そこで、はるばるロンドンからヴェテランの看護婦が呼ばれることになった。ところが、屋敷に到着する前、乗換え駅で、彼女は何者かの手で毒殺されてしまった。そして、さらに……!? 連続殺人の謎を追う警部の捜査。二転三転するプロット、意外な結末。第一線の作家が連作した話題の推理長編。 (裏表紙より)

ドロシー・L・セイヤーズ、クロフツ、ヴァレンタイン・ウィリアムズ、F・テニスン・ジェス、アントニー・アームストロング、デイヴィッド・ヒュームによるリレー推理小説。
この手のリレー小説は、話の出来なんてのは二の次で、黄金期探偵小説作家たちの豪華な共演(とは言っても、セイヤーズとクロフツ以外は、現代日本人にとっては馴染みの薄い作家だが)を楽しむものではあるけれど、それにしたって、いまいち冴えない作品だった。なんか地味なんだよなー。

各作家の受け持ちの章の終わりに、執筆時の構想を示す「作家ノート」がついていて、それがこのリレー小説の最大の特色だと言えるのだけれど、かえって逆効果になっているような気がする。後のほうの作家になるにしたがって、前の作家たちの執筆部分に文句をつけ、修正や書き直しを要求し始めるのだ。それじゃあ、リレー小説の意味ないじゃん!

特にひどいのが、F・テニスン・ジェス。彼女の章のやたら感傷的な文章とベタベタな展開にすでに閉口気味だったのだけど、その作者ノートでの、先行の作家たちへのおべっか使いと、そんな下手に出るふりとは裏腹な出しゃばりっぷりときたら。この作家の長編は多分翻訳されていないだろうけれど、翻訳されたとしても、絶対に読みたいとは思わない(笑)。

まとめ役のデイヴィッド・ヒュームの最終章は、これまたつまらないことこの上ない解決だけれど、なんとかそつなくまとめようと思ったら、ああいう解決にでもしておく他ないのかもしれない。

2009.09.13 23:44 | Comments(0) | Trackback(0) | ミステリ&サスペンス

2009. 09. 05

『従僕ウィリアム・テイラーの日記』

Diary of William Tayler, Footman, 1837 (1962)
ドロシー・ワイズ 編 / 子安 雅博 訳 / 栄宝社
2009-07
[ Amazon ]

家事使用人のスケジュール、食事、賃金、役得など、いわゆる階下の世界の記録に留まらず、若きヴィクトリア女王の即位に歓喜する民衆、クリスマスの賑わい、鉄道の敷設工事、選挙、インフルエンザの蔓延、霧と煤煙など、人口集中の進むロンドンの社会事情を独特のユーモアを交えて描き出した、無名人ウィリアム・テイラーの日記。 (「BOOK」データベースより)

1837年の1月1日から12月31日までの、「紳士に仕える奉公人の日記」。ただし、このときウィリアムが仕えていたのは「紳士」ではなく、東インド会社で財を成した人物の未亡人(プリンセップ夫人)と、40代の未婚の娘。彼は屋敷で唯一の男性奉公人で、他に女性奉公人が3人いると書かれている。

ウィリアムは「紳士に仕える奉公人の生活は、籠の中に閉じ込められた小鳥の生活のようだ。小鳥は立派な家に住み、しっかりと餌を与えられてはいるが、自由を奪われている。」と嘆いている。しかし、空き時間に趣味の絵描きやスクラップブック作りや読書を楽しんだり、台所で客をもてなしたり、毎日のように頻繁に外出したり、女主人とともにブライトンへ夏の滞在に出かけたときには毎日海水浴を楽しんだりと、割りと自由時間が多い印象を受ける。

この日記は誰かに読ませることを想定して書かれたらしく(「さて、この日記を読まれた方々には奉公とはどんなものか少しは分かっていただけるだろう」)、日々の記録の他に、自分が上流階級の生活をどう見ているか、実例を挙げて説明したりしている。ウィリアムが紳士階級に向けるまなざしはかなり辛辣で、自分の女主人一家に対しても遠慮なしだ。

1837年(ヴィクトリア女王が即位した年)の記録であるところといい、男性奉公人の生活について人々が知りたいと思うであろうことをカバーしているところといい、もしかしてこれはフィクションなのではないかと、一瞬思ってしまった。

2009.09.05 23:17 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

* Site Info

読んだ本の感想メモ、気になる本の情報など。翻訳小説が中心です。特に好きなのは、海外古典ミステリと19世紀イギリス文学。
[ 管理人 : Rie ]

* Search

* Recent Entries

* Categories

* Tag List

* Archives

* Other


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。