* Caramel Tea *

Reading Diary

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2008. 05. 30

『歓楽の家』 イーディス・ウォートン

ああ、やっと読み終わった……。
途中で気がついたんですが(遅いよ)、なかなか進まなかったのは、ニューヨーク社交界の情景描写の部分に興味を持てなかったからなんだろうなー。
公爵夫人と食事をするので大騒ぎ、誰のパーティーがいちばん盛況かで競い合い、大金を賭けたブリッジ遊び、そして男女関係のゴタゴタ……etc。
そのつまらなさが、20世紀初頭のニューヨークの上流社会の空虚さ・不毛さをそのまま写し取っていることから来ているとすれば、その点ではウォートンは大成功していると言える。

前回 の続き。
お金持ちの夫を得ようとするリリーですが、実は彼女には惹かれている男性がいます。
旧知の間柄の青年、弁護士ローレンス・セルデンです。
彼と一緒にいると、素直な気持ちになれ、「本物のリリー・バード」でいられる気がするのです。
と同時に、自分のしていることの虚しさを実感させられるような気がして、リリーはセルデンを恐れてもいます。
セルデンは裕福ではないので、リリーは彼を結婚相手としては考えられません。
彼もまた、リリーの求めているものを自分には与えることができないとわかっており、さらにある誤解がもとで、リリーから離れていってしまいます……。

前回は軽いノリで書いてしまったけれど、実際はかなり気が滅入る小説です。
グライス青年に逃げられてしまったリリーは、ブリッジで作った借金にまつわるイザコザもあり、既婚男性たちから寄せられた恋慕が元で、男女関係のスキャンダルに巻き込まれてしまいます。
そのせいで後見人だった伯母の遺産相続人から外され、最上級の社交界から追い出されて、新興成金の社交界、さらに底辺の社交界へと転落していき、最後には上流婦人向けの帽子店のお針子として働かなければならなくなります。そこで自分の無力さを思い知らされたリリーは、夜眠れなくなって睡眠薬に頼るようになり、やがて……。

訳者あとがきで、リリーは「環境の価値観の犠牲者」と呼ばれています。
彼女は「美しい飾りとなり、人の心を楽しませるように作られてきた」「人に見せるために栽培された何かの珍しい名花」、つまり有利な結婚をして女主人として君臨するためだけに育てられてきたのだから。
身分のある女性が生きていくためには結婚するしかない、というのはジェーン・オースティンの時代と変わっていないのね。
その反面、自分で自分の人生を切り開いていけない・自分の人生の責任が持てないということの表明であり、言い訳のようにも思える。
与えられた価値観を甘受する受け身の立場であり続けたことが、リリーの悲劇なんでしょう。
もっとも、遅すぎたとは言え、最後にリリーが今までとは違った価値基準で世の中を見ることができたのが、ほんのわずかな小さな救いなのだけれど。


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歓楽の家 (アメリカ女性作家 名作ギャラリー)
The House of Mirth (1905)
イーディス・ウォートン / 佐々木みよ子・山口ヨシ子 訳 / 荒地出版社

「18歳で華々しく社交界にデビューしたリリーは、夜更かしとダンスに明け暮れた11年を経て、29歳の誕生日を迎えたが…。リリーの下降転落の傷ましい過程をたどる。19世紀末アメリカ上流社会の破滅的世界を描く。 (「MARC」データベースより)」
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2008.05.30 22:50 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 05. 24

読書中の本 『歓楽の家』

イーディス・ウォートンの 『歓楽の家』 を読書中なんですが、なかなか進まず……。
数日前から読んでるのに、まだ半分までしか行ってないよ。
なぜか一度にちょっとずつしか読めない。おもしろくないわけではないんだけど。
ただ、翻訳がかなり読みづらいというのはあります。直訳気味だし、読点多用しすぎで。

舞台は、19世紀の終わりから20世紀初めにかけてのニューヨークの上流社会。
節約や貧乏生活を忌み嫌う主人公のミス・リリー・バート。しかし、18歳で華々しく社交界にデビューした直後、彼女の父親が破産してしまいます。
贅沢な生活を続けるためには、お金持ちの男性と結婚するしかありません。ならば、私の美貌と頭脳を駆使して、それを成し遂げてみせるわ、と決心するリリー。
しかし……あれ? あれれ?
いつの間にやら11年が経ち、リリーも29歳。だけど未だに「ミス・バート」のまま。
彼女より容姿も頭脳も劣る娘たちが、次々と金持ちの男をつかまえて結婚していっているというのに……。

焦りはじめたリリーの、計算まみれの行動がおもしろい。
彼女が白羽の矢を立てたのは、ウブな金持ち青年グライス(オタク気質のマザコン坊や)。
列車でグライス青年と乗り合わせた彼女は、「優しい家庭的なお嬢さん」路線で攻めていくことに。
しかし、途中から列車に乗り込んできた知り合いのミセス・ドーセットの一言が、それをぶち壊してくれます。
「リリー、こんな時間では、タバコは一本も残っていないでしょうね」
え、ミス・バートってタバコ吸うの?と驚いた顔でリリーを見る、非喫煙者のグライス青年。
リリーが2007年の人間だったら、「ミセス・ドーセット、KY!」と心の中で叫んでいたに違いない。

列車で向かった先は、友人のミセス・トレナーの屋敷。滞在客のなかにはグライス青年もいます。
彼にアピールをし続けるリリーは、信仰すら利用します。
日曜日の朝に教会へ行く一行に加わって、子供の頃から教会にきちんと通い続けているとほのめかし、「信仰心の篤い家庭的なお嬢さん」を演出。本当は信仰心なんて欠片もないのに。
あまりの計算高さに思わず笑っちゃった。
「もうタバコは吸わない!ノンスモーキングで好感度アップ大作戦」「毎日曜日の教会通いで信心家の彼のハートをゲット☆」とか、ファッション雑誌の見出しになりそうだ。

ただ、その計算高さが結果に結びつかず、さらに賭けブリッジで作った借金の問題などもあって、リリーはこの後、どんどん坂道を転がり落ちていくようですが……。

2008.05.24 23:17 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 05. 20

新訳だけど抄訳 スカーレット・ピンパーネル

本屋さんに寄ったら、集英社文庫の新刊の 『スカーレット・ピンパーネル』 (バロネス・オルツィ)が並んでいたのですが、「抄訳」だったので買わずに帰ってきました。
今時、文庫本一冊に収まる長さの小説を抄訳ってさあ……何それ。
しかも裏表紙の内容紹介文の最後に「抄訳で」って書いてあるだけで、本の中身にはそれについての説明は何も書かれていないようで、不親切じゃない?
ちらっと中を見てみたところ、地の文がところどころカットされているようで、省略された場面があるかどうかまではわかりませんでした。
でも目に付いたところだと、結末で「(ちょっとネタバレ)サー・パーシーがマルグリートをお姫様抱っこして船まで運んでいく」という萌えシーンがカットされてた! あそこをカットするだなんて信じられない!
『紅はこべ』 の新訳が読めると思って楽しみにしていたのに、がっかりです……。

* Tag : バロネス・オルツィ  

2008.05.20 19:51 | Comments(0) | Trackback(0) | 未分類

2008. 05. 15

『ケニルワースの城』 サー・ウォルター・スコット

Amazon.co.jp で詳細を見るKenilworth (1821)
ウォルター・スコット / 朱牟田夏雄 訳 / 集英社 世界文学全集
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(左の表紙写真は原書版のもの)

1575年のイングランド。コーンウォールの老騎士の娘エミー・ロブサートは、父親の元を黙って抜け出し、レスター伯爵ロバート・ダドリーと駆け落ち同然に結婚した。しかし、女王エリザベスの寵をライバルのサセックス伯爵と競っている野心家のレスター伯は、女王の寵愛を失うことを恐れてこの結婚を秘密にし、腹心の臣下リチャード・ヴァーニーに命じてエミーをカムナー屋敷に閉じ込めさせておく。エミーの居場所を突き止めた元婚約者の騎士トレシリアンは、彼女を連れ出したのはヴァーニーだと勘違いし、彼の非道を女王に訴え出たことから、レスター伯とヴァーニーは窮地に陥る。その後、女王エリザベスは国内巡回の途中で、レスター伯の居城ケニルワースに滞在。そこへ、ヴァーニーのもとから逃げ出したエミーが夫の庇護を求めてやってくるのだが……。

サー・ウォルター・スコットが、女王エリザベスと寵臣レスター伯爵、謎の転落死を遂げたその妻エミー(エイミー)の話を基に描いた歴史小説。他にもサー・ウォルター・ローリー(見せ場あり)やシェイクスピア(こちらは出番ほとんどなし)など実在の人物が多数登場しますが、史実どおりというわけではなくて、実際にレスター伯とエミーが結婚したのは1550年(エリザベスの即位前)で秘密でもなんでもなく、エミーが亡くなったのは1560年であるなど(女王と結婚したいレスター伯がエミーを邪魔に思って殺したという説があるのは実話)、物語をおもしろくするためにかなりの改変が加えられているそうです。

後半になって主要登場人物がケニルワースに集合するあたりからおもしろくなってくるんですが、前半はなかなか話が進まず。それに、トレシリアンやその配下の人々が、やらないほうがいいようなことばかりやるんだよなー。エミーの名誉を重んじての行動とは言え、逆にエミーをどんどん苦境へと追い込んでいくばかりで、「もう余計なことするからーっ」ってイライラする。「エミー自身が助けを望まないなら、介入しないほうがいい」とアドバイスする人物もいるのに。エミー本人も、レスター伯爵夫人として宮廷で注目されたいという思いもあって、ちょっと分別が足りない若い女性だし。
そんなヒロイン側と比べると、「悪党」のヴァーニーは策略に長けていて(この人の行動も割合行き当たりばったりだけど)、自己の出世や保身のためには手段を選ばない冷徹さで、こちらのほうが強く印象に残ります。
レスター伯はね……まあどうしようもない人ですね。

サー・ウォルター・スコットって、日本では名前ばかり有名で作品はあまり読まれていないという印象があるんだけど、スコットランドの国民的詩人&作家で、当時の人には非常に愛読されていたんですよね。
今回、初めてスコットを読んでみて、当時の人々が熱中したのもわかる気がしました。
エリザベス女王がサセックスとレスターを対峙させる宮廷のシーンとか、エリザベスがケニルワースに入場するシーンとか、本当に華々しくって素晴らしいんだもん。
他にも、ヴァーニーとトレシリアンそれぞれに従う錬金術師(医師)や、エミーに忠実に仕える田舎娘ジャネットなど、エンターテイメント的な人物配置も巧いし。

ちなみに、物語とは直接関係ないけれど、レスター伯ロバート・ダドリーは、ノーサンバランド公爵ジョン・ダドリーの息子。つまり「九日間の女王」レディ・ジェイン・グレイと政略結婚したギルフォードのお兄さんだったんですねー。(検索してみると弟という記述も散見されるけれど、生年月日からするとロバートのほうが兄みたい)


イングリッシュ・ヘリテージのサイトのケニルワース城のページ
http://www.english-heritage.org.uk/server.php?show=nav.16873

* Tag : 歴史/時代もの  

2008.05.15 23:54 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2008. 05. 12

シェイクスピア×2

Amazon.co.jp で詳細を見るお気に召すまま (新潮文庫)
As You Like It
ウィリアム・シェイクスピア / 福田恆存 訳 / 新潮社

弟に領地を奪われた公爵は、アーデンの森に移り住んでいる。公爵の娘ロザリンドは、叔父の娘シーリアと大の仲良しのため邸内にとどまっていたが、ついに追放される。男装したロザリンドは、シーリアとともに森に向ったが、一方、公爵の功臣の遺子オーランドーも、兄の迫害を逃れて森にやって来る……。幾組もの恋人たちが織りなすさまざまな恋を、明るい牧歌的雰囲気の中に描く。 (裏表紙より)

アーデンの森で、男装したロザリンドはお互いに一目惚れしたオーランドーと再会。相手がロザリンドだと気づかずに彼女への想いを訴えるオーランドーに、恋の病を治すためと称し、自分がロザリンドの役をしてあげるから、それをロザリンドだと想像して口説く練習をするように言う場面があります。つまり、他人のふりをして、自分への恋の告白を思う存分楽しむという悪戯です。このシチュエーションは結構萌える。ただ、オーランドーが本気すぎて、傍から見れば「かわいそうに、頭がこわれてしまったんだね!」と思われてしまう光景だけど。


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Amazon.co.jp で詳細を見るテンペスト―シェイクスピア全集〈8〉 (ちくま文庫)
The Tempest
ウィリアム・シェイクスピア / 松岡和子 訳 / 筑摩書房

弟の姦計により、地位を奪われ、娘ミランダとともに孤島に流されたミラノ大公プロスペロー。歳月を経て秘術を身に付けた彼は、ある日魔法の力で嵐を起こす。彼を陥れた弟とナポリ王、王子を乗せた船は難破し、孤島へ。そこでミランダとナポリ王子は恋に落ち、プロスペローは妖精を操って公国を取り戻す。詩的音楽性と想象力に満ちた作品を、評価高まる新訳で。 (裏表紙より)

シェイクスピア最後の作品と言われており、追放された大公プロスペローが魔術を使って、敵に復讐する話。いや、最後には敵を赦しているので復讐という言葉はきつすぎるか。懲らしめるってところかな。
しかし、私にはこのプロスペローが、どーなのよ、っていう人物なんだよな……。国を追われた経緯からして、趣味の魔術の研究に没頭して(「国よりも大事な書物」とか言っちゃうような大公だ)、弟を信頼して政治を任せっきりにしていたら裏切られたという。それはクーデター起こされても仕方ないんじゃ……。さらに孤島にやってきてからの傍若無人ぶり。空気の妖精エアリエルを脅しつけて酷使し、島の持ち主だった魔女シコラクスの息子キャリバンから島を乗っ取り、野蛮なキャリバンに教育を施してやったのに感化されなかったからといって下働きとして扱き使う。暴君としか思えない~。

福田恆存訳だと邦題は 『あらし』 になってます。
Amazon.co.jp で詳細を見る夏の夜の夢・あらし (新潮文庫)

2008.05.12 23:32 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学

2008. 05. 10

『紳士たちの遊戯』 ジョアン・ハリス

Amazon.co.jp で詳細を見るGentlemen & Players (2005)
ジョアン・ハリス / 古賀弥生 訳 / ハヤカワ・ミステリ文庫

伝統あるグラマースクールのセント=オズワルド男子校。この学園に激しい憎悪を抱く人物がいた。新任教師のひとりとなってセント=オズワルド校へやって来たその人物は、15年前の事件の復讐を水面下で開始し、学園を危機へ陥れていく。そして真の敵として、セント=オズワルド校を象徴する人物である勤続33年のラテン語教師ロイ・ストレートリーに戦いを挑むのだった。

学園サスペンスって、どうしてこんなにおもしろいんだろ。閉鎖的な空間、学園外では通用しないが学園内では絶対的なルール。そこだけで完結した世界に、思春期の生徒たちの無邪気な残酷さ、教師も巻き込んだ歪な人間関係がぎゅっと濃縮されているからだろうか。この作品は、そんなセント=オズワルド校という一つの閉じた世界に、外部から侵入して自分の居場所を切り開こうとする主人公、というか犯人の話です。
この犯人、セント=オズワルド校に愛憎入り交じった過剰な執着心を抱くところにはついていけないけれど、終盤になるとだんだん魅力的に感じられてくるのが不思議。
また、教師の目線から書かれた現在進行形の事件の話と並行して、15年前の事件の話が生徒側の目線から書かれているので、複雑な青春ものとしても読めるところも良かった。

【 ネタバレにつき以下反転 】
ところで、これは叙述ミステリですよね……? 犯人の性別をはっきりさせずに書いて、ジュリアンという名前で男子校の生徒として振舞っているのだから、犯人は男だろうと読者に思い込ませておいて、実は女だったんですよー、という。(ここで男子校という設定がさらに活きてくるわけだ。そのうえ、犯人は社会格差のみならず、性別の点でもセント=オズワルド校に拒まれたということになる)
作者が叙述トリックを使っているのなら、なぜ早川はそれをだいなしにするような表紙にしたんだろう?

2008.05.10 23:50 | Comments(0) | Trackback(0) | ミステリ&サスペンス

2008. 05. 08

赤毛のアン100周年

6月に新潮文庫で、バッジ・ウィルソン 『ビフォー・グリーンゲイブルス(上)(下)』 という本が出るそうです。
(追記: 『こんにちは アン(上)(下)』 という邦題になったようです)
ん?グリーンゲイブルス?と思って調べてみたら、『赤毛のアン』 の前日譚らしい。

Amazon.co.jp で詳細を見るBefore Green Gables (Putnam)
(著) Budge Wilson

モンゴメリ好きとしてはこれは押さえておかねばなるまい、と思う一方で、グリーンゲイブルスにやってくる以前のアンについてはそっとしておいたほうがいい、という気がしないでもなく……。


Amazon.co.jp で詳細を見る今年は「赤毛のアンが刊行されてから100年」ということで、新潮さんもいろいろと張り切ってるみたいですね。(NHKでもいろいろやっているのは知ってるけど、観てないや)
この前出た、新潮文庫の新装版のアン・シリーズ。
私、これ、カバーを新しくしてついでに価格を上げただけだと思っていました。
しかし調べてみると、もともとの村岡花子訳で省略されていた部分を補った、補訳版だったのね!
http://sankei.jp.msn.com/culture/books/080304/bks0803041118000-n1.htm
手元にある文庫本も何度も読んでボロボロになりかけているし、買い直しがてら再読しようかなー。

2008.05.08 23:52 | Comments(0) | Trackback(0) | その他の話題・雑記

2008. 05. 06

『ジュルジュ・サンドセレクション(1) モープラ』

Amazon.co.jp で詳細を見るMauprat (1837)
ジョルジュ・サンド / 小倉和子 訳 / 藤原書店
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フランス革命直前のペリー地方。孤児になったベルナール・モープラは、地方貴族ながら没落して山賊に成り下がった祖父に引き取られ、森の中の小さな城ロッシュ=モープラで、荒々しいモープラ一族に囲まれて成長する。十七歳になったある日、城に迷いこんできた親戚の娘エドメに一目惚れしたベルナールは、助けるのと引き換えにエドメに自分のものになると誓わせて、彼女を連れて城から逃げ出し、エドメの父ユベールのもとで暮らし始める。しかし、エドメは野獣のようなベルナールを拒否し、自分と結婚したければ教育を受けるように告げるのだった。

粗野で無教養だった青年が、愛する女性のために、頑張って勉強したりアメリカ独立戦争に参加したりして努力して、立派な人間に成長する物語。『愛の妖精』 がとても気に入ったので、他のサンド作品もと思って読んでみたのですが……。
これはひどい。何がって、エドメの鼻持ちならなさが。助けてもらうのと引き換えに「あなたのものにならないうちは誰のものにもならない」と誓ったエドメですが、粗野なベルナールと結婚するのが我慢なりません。ベルナールに、教育を受けて愛するに値する人間に生まれ変われば結婚してもいいとほのめかす一方で、以前から婚約していたド・ラ・マルシュ氏との婚約を解消しようとはせず、やっと婚約解消した後も、あーだこーだと理由をつけてベルナールとの結婚を先延ばしにしようとします。それでいて、エドメの冷たい態度と生殺し状態に耐えられなくなったベルナールが出て行こうとすると、彼を息子のように思っている父ユベールが悲しむからと言って引き止めるのです。もう一体どうしたいんだよ、あんたはー! もっとも、ベルナールの一人称の視点から語られているのでエドメの真意がはっきり見えないという事情があって、エドメは「愛する男性と対等な立場でいたい(精神的な意味でも)」という理想をひたすら追求しようとしているわけなんですね。とは言っても、七年間も引き伸ばすのは明らかにやりすぎでしょうよ。それに付き合ったベルナールもベルナールだ。普通の人だったら付き合いきれません。
しかし、エドメのベルナールに対するひどい仕打ちはこれで終わりません。エドメが誰かに銃で撃たれて重態になり(そのまま天国行っちゃえばよかったのに……とか思ったことは内緒です)、その事件が物語後半の山場となるのですが、発砲した人物を見ていなかったエドメはとうとうブチキレたベルナールが自分を殺そうとしたのだと考え、それが原因でベルナールは逮捕されてしまうのです。あー、この女、最後までベルナールが生まれ変わったことを信じていなかったんだ……。これはさすがにベルナールが気の毒すぎる。その後、あれやこれやで大団円になだれこんでも、納得できないよー。

そんな恋愛小説としての側面はさて置き、社会小説としては、革命の気運高まるフランスとアメリカ独立戦争を背景に、自由と平等の精神、そして人は教育によって生まれ変われるのだということを謳った作品です。(エドメを始めとする教師陣からルソーなど当時の最先端の哲学を叩き込まれたベルナールは、フランス革命の思想を体現する人物と言えます。それに理性によって感情を制御することを学んだわけで、フランス革命というのは「理性」を信仰した時代だったっけ)
ここまでフランス革命を希望を込めて肯定的に描いた作品というのは、久しぶりに読んだわ。著者サンドにとっては、この小説が書かれた当時の王政復古期は抑圧された前時代的な代物で、それと比べて自由思想を実現しようとした革命時のほうが輝かしく見えた、というのが背後にあるようだけど。

▼出版社の『モープラ』解説ページ
http://www.fujiwara-shoten.co.jp/sand/sand01.htm

2008.05.06 19:10 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

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読んだ本の感想メモ、気になる本の情報など。翻訳小説が中心です。特に好きなのは、海外古典ミステリと19世紀イギリス文学。
[ 管理人 : Rie ]

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