* Caramel Tea *

Reading Diary

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2008. 02. 28

『悪魔はすぐそこに』 D・M・ディヴァイン

Amazon.co.jp で詳細を見るDevil at Your Elbow (1966)
D・M・ディヴァイン / 山田蘭 訳 / 創元推理文庫
[ Amazon ]

ハードゲート大学の数学講師ピーターは、横領容疑で免職の危機にある亡父の友人ハクストンに助力を乞われた。だが審問の場でハクストンは、教授たちに脅迫めいた言葉を吐いたのち変死する。次いで図書館で殺人が起き、名誉学長暗殺を仄めかす手紙が舞い込む。相次ぐ事件は、ピーターの父を死に追いやった八年前の醜聞が原因なのか。クリスティが絶賛した技巧派が贈る傑作、本邦初訳。 (裏表紙より)

年末の各種ミステリ・ランキングの上位に入っていたので気になっていたのを、今更ながら読んでみました。
あー、これは高評価なのも十分納得。初読時はオーソドックスなフーダニット本格として楽しめる、しかしすごいのは二読目。最初からざっと読み返してみて、著者の技巧ぶりに舌を巻かされました。
【以下、ネタバレにつき反転】
翻訳であるために日付表記の伏線がわかりやすくなってしまっているのがもったいない~。私は最初にあの日付表記が出てきたときに「どういう意味だ? あ、日付か」とひっかかりを感じていたので、脅迫状に書かれた日付を見た時点で犯人(とその動機)がわかってしまったもの。まあ、その後はミスディレクションを意識しながら読むことができたんだけど。あの日付の部分、原文ではどのように書き分けられていたのかな。
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2008.02.28 23:54 | Comments(0) | Trackback(0) | ミステリ&サスペンス

2008. 02. 26

『ヴィレット』 シャーロット・ブロンテ

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Villette (1853)
シャーロット・ブロンテ / 青山誠子 訳 / みすず書房 (ブロンテ全集5&6)
[ Amazon: 上巻 ] [ Amazon: 下巻 ]

【上巻の少々詳しいあらすじと下巻の大雑把なあらすじ】

13歳の少女ルーシー・スノウは、名付け親のミセス・ブレトンの家に滞在中、同じ家に預けられた幼い少女ポーリーヌ(ポリー)・ホウムと知り合う。ポリーはその家の息子ジョン・グレアム・ブレトンに誰よりも懐き、グレアムもそんなポリーを可愛がるのだった。
それから十年後、天涯孤独の身となっていたルーシーは、裕福な老婦人ミス・マーチモントの話し相手(コンパニオン)として働き始めた。女主人の死後、まとまった額の給金を手にして、気の向くままにロンドンからラバスクール王国の首都ヴィレットへと渡り、私立女学校を営むマダム・ベックのもとで子供の家庭教師の職を得る。
やがて学校で教師として英語を教え始めたルーシーは、寄宿生たちの診療にやってくるハンサムなイギリス人青年医師のドクター・ジョンが成長したグレアムであることに気づくとともに好意を抱くが、自分に懐いている美しい生徒ジネヴラ・ファンショーが彼を戯れの恋で弄んでいることを知って心を痛める。
長期休暇に入り、一人で寄宿舎に残されたルーシーは孤独にさいなまされ、心身ともに衰弱していく。外出中に気を失って倒れたところを、通りがかったドクター・ジョンに助けられ彼の家に運ばれる。お互いに身元を明らかにし、ルーシーはブレトン家で楽しい療養生活を送る。やがて単調な学校生活に戻ったルーシーは、屋根裏部屋や庭で謎めいた修道女の姿を何度か目撃するようになる。それはグレアムへの苦しい恋心や寂しさのあまり錯乱した精神のうみだした幻だったのか、本物の幽霊か、それとも……。
ある日、一緒に劇場に出かけたルーシーとグレアムは怪我をした若い女性を助けるが、後日、それがポリーであることがわかる。ポリーは今や美しい女相続人に成長しており、グレアムと恋に落ちて結婚することになる。一方ルーシーは、学校で教えている教授のムッシュ・ポール・エマニュエルとの友情がやがて恋へと変わっていき……。

* * * * * * * * * * * * * *

異国の都ヴィレット(ベルギーのブリュッセルがモデル)での、孤独な若いイギリス人女性の物語。
シャーロット・ブロンテが最後に完成させた長篇で、彼女自身の体験(ブリュッセルのエジェ寄宿学校に留学し、既婚者であるエジェ教授につらい片想いをした)に基づいた自伝的要素もある作品です。
シャーロットの作品は 『ジェイン・エア』 を中学生のときに読んで以来なんですが、改めて読んでみると妹のアンの作品によく似ているような……。あそこまでの窮屈さや狭量さは感じないけれど、生真面目すぎてちょっと堅苦しい。
あと、物事や他人を自分の価値観で計ろうとするところ。異国を舞台にしたこの作品ではその価値観が「イギリス人の価値観」と同化されており、「この土地(=ベルギー)の人々よりもイギリス人のほうがずっと優れている」というシャーロットの主張が透けて見えてくる(よくもまあ、あそこまでその土地の人々・物事をこき下ろせるもんだわ。そもそも「ヴィレット」というのが「卑小な町」という意味なんだとか)。まともな人物として登場するのはイギリス人ばかりだし(そうじゃないイギリス人も出てきますが)、現地人のムッシュ・ポールもイギリス人の悪口を言う一方で、実は心の奥ではイギリス人女性(=ルーシー)の素晴らしさに感嘆している……といった具合。

作品構成が凝っているところはなかなか興味深かったです。
語り手のルーシーは、子供時代のポリーとグレアムを描いている物語の冒頭部分ではほとんど空気状態で、性格はおろか身の上もハッキリしません。それから十年が経ってヴィレットに行ってからも傍観者を決め込み、ドクター・ジョンへの恋心も読者に隠そうとしているほどなのですが、そんなルーシーがやがて話の中心へと出てきて、最後には押しも押されぬヒロインとなっているのです。
そして、「信頼できない語り手」要素も。ルーシーは知り合って間もないドクター・ジョンの顔を見ていてアッと驚きますが、なぜ驚いたのかはその場では語られません。私みたいな注意力散漫な読者がそれを忘れかけた頃、ドクター・ジョン=グレアムであることとルーシーが以前からそれに気づいていたことが知らされ、実はあのとき驚いたのはそのことに気づいたからだったのよ、と明かされます。これにはちょっとビックリした。
修道女の幽霊(?)とその意外な正体というゴシック小説的要素もあるし、さらに、結末も一筋縄ではいかないようになっています。
しかし、ストーリーそのものは起伏のない地味な恋愛話でおもしろくなかった……。
まだ上巻は、ルーシーの厳しい内省描写などが読み応えがあったんですが、下巻に入ってからの展開がひどくつまらなくって。ポリーのファザコンぶりとその父親の親バカっぷりはダブルコンボで鬱陶しいし、ポリーとグレアムの美男美女カップルの陳腐すぎる恋愛話もこのうえなく鬱陶しい(読者はルーシーのグレアムへの片想いを知っているのでなおさら)。それに輪をかけてウンザリさせられたのが、癇癪持ちの変わり者の小男ムッシュ・ポール。さらに、一章も費やして偏見まじりのカトリック批判まで始まったのには、ほとほと閉口……。(先日、「イギリスにおけるカトリック改宗」に興味を持っていると書きましたが、19世紀半ばにプロテスタントのイギリス人がカトリック信仰をどう蔑視していたかの一例がここにあります)

ルーシーの圧倒的な孤独感というのは、ところどころ共感できる部分もあるんですが、彼女自身の他人に対する観察眼の厳しさが人を遠ざけているようなところもあるので、あまり同情はできません。まあ、裏返せば、他人から自分を守るために鋭い観察眼で武装しなければならなかったということかもしれないけれど。さらに、上で触れたようにヴィレットがネガティブに描かれているのも、シャーロットのブリュッセルでの生活がつらいものだったということの裏返しなのかも。
しかし、その辺りを含めて、妹のアンと同じように、現実生活でうまくいかない苛立ち・鬱憤を作中で晴らしているというか、作品のなかで自己肯定を試みているように思えてしまうんだよなあ……。で、私には作品の素晴らしい点よりも、そのような側面のほうが目に付いてしまうんだよねえ……。

2008.02.26 23:51 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2008. 02. 23

『リチャード三世を愛した女』 ジーン・プレイディー

Amazon.co.jp で詳細を見るThe Reluctant Queen: The Story of Anne of York (1990)
ジーン・プレイディー / 友清理士 訳 / バベル・プレス
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キングメーカー・ウォリック伯を父にもつ少女アン・ネヴィルはグロスター公リチャードとの間に淡い思いを通わせていた。だが、父と国王の不和をきっかけに、アンも激動の乱世の渦中に投げ込まれる――。同盟関係がめまぐるしく変転するばら戦争の進行を、敵味方に引き裂かされながらもリチャード三世と添い遂げ、イングランド王妃にまでなったアンの視点を通して描き出す。 (帯より)

『プリンセス・オヴ・ウェールズ―英国皇太子妃列伝』 の感想記事で触れた本です。
子供の頃、ウォリック伯の娘アン・ネヴィルと、ウォリック伯の庇護下にあるエドワード四世の弟・リチャードは同じミドラム城で暮らしていました。しかし、ウォリック伯がエドワード四世(ヨーク家)と不仲になり、寝返ってヘンリー六世(ランカスター家)側についたため、アンとリチャードはお互い敵の立場に。さらに、アンはヘンリー六世の王太子エドワードと結婚させられます。それから間もなく、ヨーク家との戦いにおいてウォリック伯と王太子エドワードは敗れて戦死。父と夫を亡くしたアンは翌年、再会したリチャードと結婚し、思い出の地ミドラムで結婚生活を送ります。そして11年後、リチャード三世として国王に即位した夫にともない、アンは王妃になったのでした。
この作品は、そのアンを主人公にして回想記風に書かれた歴史小説ですが、王太子エドワードとは婚約しただけで、法的にも実質的にも結婚していなかったことにされてます。それと、「夫を亡くしたアンがロンドンでメイドとして働いているところを、リチャードが見つけて救い出した」というなんだかすごい伝説があるそうなんですが、その話もうまくアレンジして作中に組み込んであります(そのアレンジがプレイディーのオリジナルかどうかはわからないけど)。

幼なじみ設定は大好物なので、そのあたりのツボっぷりには萌え悶えながら読んでました(笑)。子供時代、4歳年上のリチャードに懐くアン、普段は人を寄せ付けない少年リチャードもアンにだけは心を許し、舞踏会ではいつも二人で踊るところなど堪りません。
しかし、話が進むにつれて顕著になっていく心情描写が大味なのがなあ……。父と婚約者を殺したヨーク家の一員であるリチャードに再会したときのアンの心情が嬉しさ一辺倒で、「エドワードが死んでくれてラッキー☆ これでリチャードと結婚できるわ♪」だなんて、情緒もへったくれもねーよ! その後も登場人物の情感は繊細さ・機微を欠き、また、人物描写もどこか一面的です。あと、「エドワード四世は素晴らしい王様」「クラレンス公いやな奴、信用できない」など、同じことを何度も繰り返し強調して書いてるのがしつこく感じられてくる。
史実自体が興味深いので話はおもしろく読めるんですが、小説としての出来はちょっと微妙なところだなー……という気がします。

作中でも書かれていますが、王妃になってからのアンの生活はあまり明るいものではなかったようです。病弱だった一人息子の死、アン自身の健康状態の悪化、リチャードが離婚して姪のエリザベスと結婚したがっているという嫌な噂。結局2年足らずで、28歳の若さで病死してしまうのですが、その数ヵ月後にリチャードがヘンリー・チューダーとの戦いで戦死することになるのを考えると、それを見ずにすんだのはせめてもの幸運だったのかなあ……。


この作品の著者の「ジーン・プレイディー」というのは、ヴィクトリア・ホルトの別ペンネーム。プレイディー名義で歴史小説を何十冊も書いており、イギリス本国では好評価を受けているようです。



Amazon.co.jp で詳細を見る訳者あとがきで紹介されていた、アン・ネヴィル関連の他作品。

The Sunne in Splendour: A Novel of Richard III
Sharon Kay Penman

シャロン・ケイ・ペンマンによる1982年出版の小説。
「原書で900ページを超える大作だけあって主要登場人物みなが丁寧に扱われており、つとに評価が高い」だそうで、ぜひ読んでみたいぞ。でも、翻訳出なさそうだしなあ、原書は到底無理だし……。
それより、『時の娘』 の内容をすっかり忘れてしまっているので、そっちを再読するか……。

* Tag : 歴史/時代もの  

2008.02.23 18:54 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学

2008. 02. 21

『オドの魔法学校』 パトリシア・A・マキリップ

Amazon.co.jp で詳細を見るOd Magic (2005)
パトリシア・A・マキリップ / 原島文世 訳 / 創元推理文庫
[ Amazon ]

孤独な青年ブレンダンのもとに、オドと名のる女巨人が訪れた。魔法学校の庭師になってほしいというオドの求めに応じたブレンダンだったが、慣れない都の生活になかなかなじめない。一方王と顧問官たちは、歓楽街で興行する魔術師の噂に神経をとがらせていた。件の魔術師はただの興行師か、それとも本物の魔法使いなのか。幻想の紡ぎ手マキリップの謎と魔法に満ちたファンタジー。 (裏表紙より)

あー面白かった!
魔法が魔法学校を通じて国王によって管理されているヌミスの古き都ケリオールで繰り広げられる群像劇。未知の魔法の力を持つ庭師ブレンダン、魔法学校の教師ヤールと恋人の歴史学者セタ、許可なしに歓楽街“黄昏区”で興行する魔術師ティラミンと娘のミストラル、その噂を追う黄昏区の警吏監アーネス、管理外の魔法に厳しく目を光らせる顧問官ヴァローレン、彼との結婚を父に決められてしまった王女スーリズ、そして魔法学校を作った謎の女巨人オドなど、多彩な登場人物が入れ代わり立ち代わり、それぞれの行動と思惑が絡み合ってにぎやかです。
「管理された魔法とそこからはみ出した力」というテーマは結構「定番」に思えるし、話の展開もわりとストレートですが、マキリップの描き出す美しく神秘的な幻想世界はやはりとっても魅力的。それに、登場人物がそこはかとないユーモアを交えて描かれており、彼らに向けられたマキリップの視線があたたかいのもいいなあ。
私のお気に入りの登場人物は実は、魔法使いとしてはとても有能なのに他人との関係の結び方にかけてはサイアクなヴァローレンだったりします。半端じゃない彼の石頭・鈍感っぷりがどこまでエスカレートするのか、ニヤニヤしながら見守り続けるのは実に楽しかったです(笑)。

ああマキリップもっと読みたい。せっかく創元もマキリップ翻訳に参入したのだから、この先も続いてほしいです。もちろんハヤカワでもいいです、未訳作品がたくさんあるんだから、翻訳出してください~。

* Tag : パトリシア・A・マキリップ  

2008.02.21 23:33 | Comments(0) | Trackback(0) | SF&ファンタジー

2008. 02. 19

気になる近刊

2月に入ってから調子を取り戻し、(私にしては)ハイペースで本を読んでいます。
で、(私にしては)ハイペースで感想文のほうも書いているのに、読了本になかなか追いつかないです……。



国書刊行会のサイトで、2008年刊行予定作品が次々と発表されています。
そのなかでも注目しているのが、エリザベス・ボウエンの作品集。

ボウエン・コレクション 全3巻
http://www.kokusho.co.jp/series/bowencol.htm

短篇集 『あの薔薇を見てよ』 がとても良かったので、長編も読むのが楽しみです。
(でも、話が結構辛辣で、短篇集第2弾の 『幸せな秋の野原』 は少し読んだだけで、そのときの気分に合わなくて中断したままだったんだっけ……)

あとは、ジェフリー・フォードの三部作、『白い果実』 『記憶の書』 に続く完結編 『ビヨンド(仮題)』。『ルルージュ事件』 もやっと出るんですね……。



それと、東京創元社のメルマガ「近刊案内(2008年4月刊行予定分)」から。

【創元推理文庫】(海外ミステリ)
◇『論理は右手に』 フレッド・ヴァルガス著/藤田真利子訳
犬の糞から出てきた人骨の正体は? 〈三聖人シリーズ〉第2弾!

Amazon.co.jp で詳細を見るフランスの現代女流作家による本格ミステリ 『死者を起こせ』 のシリーズ続編ですね。嬉しい~。
これ面白かったので続きを待っていたのに、もう何年も翻訳されなくて、邦訳は1冊目だけで終わりにされちゃったのかと思ってました。

それと、来月刊行予定の 『幽霊狩人カーナッキの事件簿』。私は角川文庫版で読んだんですが、「本邦初訳1編を含む」となっているので、気になってます。

2008.02.19 23:33 | Comments(0) | Trackback(0) | 気になる新刊・近刊

2008. 02. 18

『ビーコン街の殺人』 ロジャー・スカーレット

Amazon.co.jp で詳細を見るThe Beacon Hill Murders (1930)
ロジャー・スカーレット / 板垣節子 訳 / 論創社
論創海外ミステリ72
[ Amazon ]

ビーコン街に住む株成金の男サットンの屋敷に招待された弁護士アンダーウッド。夕食の席には、サットンの家族の他に、ボストン社交界の花であるミセス・アーンセニイの姿もあった。夜も更けてアンダーウッドが帰宅しようとしたとき、屋敷に銃声と女性の悲鳴が響き渡る。皆が二階の一室に駆けつけると、サットンが心臓を撃ち抜かれて死んでいた。部屋の中にはミセス・アーンセニイがおり、傍らのテーブルの上にピストルが。他に部屋に出入りした者は誰もおらず、ミセス・アーンセニイに容疑がかけられるが……。

ロジャー・スカーレットのデビュー作。連続して起きた二つの不可能犯罪に、西太后由来の非常に高価な翡翠のペンダントの消失が絡んできます。探偵役は他の作品と同じくボストン警察のノートン・ケイン警視、助手役は語り手アンダーウッドとモートン巡査部長。
「陰気な屋敷で嫌われ者の当主が殺される」というスタイルは、第一作から既に確立されていたんですねー。屋敷の人々(主に被害者の親族)の不気味さというスカーレット特有の雰囲気もしっかり出ています。
トリックはあまりパッとしない&かなり無理があるような気がするけれど、伏線やミスリーディングなどはなかなかよく出来ているんじゃないかと思います。多少強引なところも気になるものの、全体としては楽しく読むことができました。

これで、スカーレットの全5作品のなかで新訳(完訳)がないのは2作目 "The Back Bay Murders" だけになりましたねー。それの刊行も期待しております>論創社さま。

* Tag : ロジャー・スカーレット  論創海外ミステリ  

2008.02.18 23:52 | Comments(0) | Trackback(0) | ミステリ&サスペンス

2008. 02. 16

『五月の霜』 アントニア・ホワイト

Amazon.co.jp で詳細を見るFrost in May (1933)
アントニア・ホワイト / 北條文緒 訳 / みすず書房
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父親と共にカトリックに改宗した九歳の少女ナンダ・グレイは、「キリストの五傷修道院」付属の学校へ入学する。そこは代々続くカトリックの名家の令嬢たちが集まる寄宿女学校だった。宗教の厳格な規律に則った学校生活を送るナンダは、時おり学校のやり方に疑問を覚えつつもカトリック信仰に没頭していくが、やがて信仰の求める「無私」と強い自我の板ばさみになって苦しむようになる……。

この小説は、著者アントニア・ホワイトの実体験に基づいたものなんだそうです。寄宿女学校での宗教行事・授業・日常生活の描写がかなり細かく書き込まれているんですが、著者が送った学校生活の再現そのままなんでしょうね。
カトリックの寄宿女学校という特殊な場所が舞台ではあるものの、ナンダのように何かに激しく熱中しやすい(喜びも大きければ悲しみも大きい)タイプの少女は、どんな環境であっても多かれ少なかれ壁にぶつかりやすいと思うので、信仰の問題以外の部分はもっと普遍的な「少女のスクール・ストーリー」として読めるんじゃないかなあ。
(実は私も、中高の6年間はカトリック系の女子校に通っていたんですが、進学校ぽかったせいか、宗教色が薄く、生徒の自立を促すというかあまり干渉しないで自主性に任せるといった感じの学校だったなあ……)

「イギリスにおけるカトリックへの改宗」というのは、去年イヴリン・ウォー 『ブライヅヘッドふたたび』 やグレアム・グリーン 『情事の終り』 などを読んだこともあって、ちょっと興味を持っています。近代イギリスではカトリック教徒はマイノリティで、長らく迫害の対象でもあったわけですが、プロテスタント(英国国教会)からカトリックに改宗した人も結構多いんですよね。ウォーとグリーンの他にも、オスカー・ワイルドとか、推理小説関連だとノックスやチェスタートンとか(最近ではブレア前首相の改宗もニュースになりましたね)。結婚相手がカトリックだからという理由で改宗した人もいるようですが、他の人々はカトリックの何にひかれたのか。アントニア・ホワイトも後年、長らく離れていたカトリック教会に戻ったんだそうで、寄宿学校での辛い経験にも関わらず、カトリックは「負」ではないものを彼女の心に強く残したということなんでしょうか。


【原書】
Frost in May
by Antonia White

2008.02.16 23:02 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 02. 14

『テメレア戦記Ⅰ 気高き王家の翼』

Amazon.co.jp で詳細を見るThe Temeraire Series: His Majesty's Dragon (2006)
ナオミ・ノヴィク / 那波かおり 訳 / ソニー・マガジンズ
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19世紀初頭、ナポレオン戦争のさなか。当時、空中戦にはドラゴンが使われていた。英国海軍リライアント号の艦長ウィル・ローレンスは、拿捕したフランス艦のなかで孵化寸前のドラゴンの卵を発見。海の上で卵から孵ったドラゴンの男の子はローレンスを生涯のパートナー「担い手」として選び、彼よりテメレアという名を与えられる。海軍から空軍へ異動となったローレンスは、テメレアとともにスコットランドの空軍基地へと赴き、イギリス海峡の守りを固めるドラゴン戦隊に加わるべく厳しい訓練をはじめるのだが……。

ドラゴン+空中戦+海洋冒険小説の歴史ファンタジーということで、かなりおもしろそうだったんだけど……うーむ、私には合わなかったわ。作品の出来不出来とは別に、登場人物の描写になんとなーく嫌らしさを感じてしまって。
テメレアは中国産のとても貴重なドラゴンなんだけど、その生まれつきの優秀さが次々と明らかになって、それが他の一般種のドラゴンと比較されればされるほど、作者の主人公びいきみたいなのを感じて白けてしまった。もう一人の主人公ローレンスに関しても、対立する人物たちが結局は彼の引き立て役みたいにされてるし、彼の「潔癖さ」が周囲との間に引き起こす軋轢にうんざりしてくる。それにローレンスって、他人にも「ドラゴンへの気配り」を強制するわりに、ドラゴンたちを人間のために過酷な戦場で命を懸けて戦わせることについてはなんとも思わないのかなー……。(第一、人間に劣らぬ知性を持った巨大なドラゴンが、簡単にひねりつぶせるほどちっぽけな人間に、生まれたときから忠実に付き従うという設定からしてよくわからん)
で、私は細かい部分が気になり始めると、素直に物語を楽しむことが出来なくなってしまうのでした。
でも、ローカス賞の新人賞などを取った作品でもあるし、つまらないわけでもないので、ドラゴン・ファンタジーが好きな人は読んでみるといいかも?

* Tag : 歴史/時代もの  

2008.02.14 23:38 | Comments(0) | Trackback(0) | SF&ファンタジー

2008. 02. 12

『甘美なる危険』 マージェリー・アリンガム

Amazon.co.jp で詳細を見るSweet Danger (1933)
マージェリー・アリンガム / 小林晋 訳 / 新樹社ミステリ
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十字軍の時代から、イギリスのポンティスブライト伯爵家が領有してきたバルカン半島の小王国アヴェルナ。19世紀半ばに伯爵家は途絶え、国の所有権を示す証文・譲渡証書・王冠の三つの証拠もどこかへ消失した。しかし突如、アヴェルナが軍事上重要な地点となり、三つの証拠を入手するよう当局の依頼を受けたアルバート・キャンピオンは、友人たちと共に伯爵家の元領地に向かう。その村の水車場では、伯爵家の正統な継承者だと主張する少年ハル・フィットンが姉のメアリーやアマンダらとともに暮らしていた。水車場に下宿したキャンピオンは村に隠された手がかりを追うが、巨大企業の社長サヴァネイク一味も三つの証拠を狙っており……。

これまで読んできたアリンガム作品とは趣が異なる、宝探しもののバリバリの冒険スリラー。
アヴェルナが軍事上重要な地点となる経緯がすごいです。海に面しつつも完全に岩山に囲まれた狭い土地だったのに、地震があったために岩に亀裂が入って崩れ、短い海岸線が出来て港を造ることが可能になったという。そんな規模の地震って、かなりの大惨事じゃないのか?とツッコミを入れたくなるのですが、そんなことはさておき。
キャンピオンに元泥棒の従僕ラッグ、そして本作で初登場となるアマンダ・フィットンが活躍しているのでシリーズキャラクターに馴染みのある読者なら楽しめますが、単独の作品として見るとどうなのかなあ……と思ってしまいます。キャンピオンが一足飛びに真相を見抜いてしまうところなど、登場人物のキャラクター性に大きく依存しすぎなような気がする。
あと、この作品のときには17歳の少女であるアマンダは、私にとっては「魅力的なお転婆ヒロイン」という造形のあざとさが少々鼻につくように思えました。まあ、単に好みの問題なんだけど。

ところで、冒頭にキャンピオンの経歴が載っているのですが、アルバート・キャンピオンって偽名なんですよね(他の作品でそのことは読んだはずだけど忘れてた)。英国王室に連なる貴族の家の次男で、そんな貴人が探偵業などに従事していたらスキャンダルものだから、偽名を使って活動しているという。そんな派手な設定でありながら、どうして、他の作品ではいつもいつもあんなに目立たず地味な存在なんだろうね……(笑)。

2008.02.12 19:10 | Comments(0) | Trackback(0) | ミステリ&サスペンス

2008. 02. 11

『闇の奥』 ジョセフ・コンラッド

Amazon.co.jp で詳細を見るHeart of Darkness (1899)
ジョセフ・コンラッド / 藤永茂 訳 / 三交社
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アフリカ奥地の貿易会社出張所にやってきた船乗りマーロウが耳にしたのは、最奥部の出張所をあずかる腕ききの象牙採取人クルツの噂だった。折しも音信を絶ったクルツの救出に向かうマーロウ一行の前に、死と闇の恐怖を秘めた原始の大密林がおおいかぶさる。ポーランド生れのイギリス作家コンラッド(1857-1924)の代表作。 (岩波文庫版の表紙より)

『英国紳士、エデンへ行く』 を読んでいる最中に、「植民地におけるヨーロッパ人」つながりで連想したのがこの作品でした。入手しやすいのは岩波文庫版(中野好夫訳)ですが、誤訳が多いそうなので、こちらの新訳を読むことに。

実際にベルギー領コンゴへ一攫千金を狙って出かけたコンラッドが、そのアフリカの奥地で遭遇した様々な「闇」――それは自分や他人の「心の闇」であったり、アフリカの大自然であったり――を語り手マーロウに託して描いた作品。
……ではあるのですが、この新訳における訳者の主眼は、作品に潜む植民地主義・帝国主義に関するコンラッドの思想をより明確にすることにあり、それは詳細な訳注にも現れていて、訳注を参照しながら本文を読んだのでついそちら方面に引きづられてしまいました。まあ、もともと私の頭のなかにも「植民地支配」というのがあったんだけど。
作中には具体的な国名・地名は出てきませんが、マーロウが雇われたのはブリュッセル(中野訳では「パリ」と誤訳されている)の開拓貿易商社であり、向かった先はコンゴ自由国。そこは当時、ベルギー国王レオポルド二世の私有植民地で、ゴムや象牙を採取するために原住民たちは過酷な強制労働をさせられ、圧制と搾取のもとで数百万人もの人が命を落としたのだそうです。作中でのクルツの暴虐行為は、コンゴで行なわれていた残虐非道のメタファーだったようです。しかし、実名は出さずともベルギーの植民地支配を批判する一方で、コンラッドがイギリスを特別視し、その植民地主義・帝国主義を「健全なもの」として肯定しているのは、本文を読めば明らかなように思えます。けれども、欧米では「ベルギーにとどまらず、イギリスを含むヨーロッパ全体の植民地支配と搾取を痛烈に批判する作品である」というコンラッド擁護が根強いようで、訳者はあとがきでそのような「欺瞞」ともとれる擁護に反論するとともに、ナチスドイツによるユダヤ人迫害に比べてコンゴ自由国での大虐殺が滅多に言及されることがないことを問題視しています。(少なくとも、現在もアフリカで続いている内戦や紛争の大半は、植民地時代にヨーロッパが持ち込んだ火種がいまだに燻り続けているのだということは覚えていたほうがいいのではないかと)
あと、『英国紳士、エデンへ行く』 を読んだあとだと、大英帝国が植民地タスマニアでアボリジニを全滅に追いやったことについて、コンラッドは知っていたかどうか、知っていたとすればどう考えていたか、気になるところ。『英国紳士~』 の訳者あとがきによると、タスマニアでの大虐殺は、H・G・ウェルズが 『宇宙戦争』(1898年刊行) のなかで言及した程度にはイギリス本国でも知られていたようだけど。


Amazon.co.jp で詳細を見るこの本の訳者さんは、『闇の奥』 に関してこんな本も出していらっしゃいます。
近いうちにこの本も読んでみたいと思います。

『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷
藤永茂 / 三交社

2008.02.11 18:01 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2008. 02. 06

『英国紳士、エデンへ行く』 マシュー・ニール

Amazon.co.jp で詳細を見るEnglish Passengers (2000)
マシュー・ニール / 宮脇孝雄 訳 / 早川書房
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1857年、ヴィクトリア朝英国。科学的な地質研究によって、信仰のよりどころの危機にさらされた牧師ウィルソンは独学で地質学を修得し、「エデンの園はタスマニアにあった」という新説を発表。支持者の援助を得たウィルソンは、医師ポッターや植物学者の青年レンショーとともに、タスマニアに実証の旅に向かうことになる。だが、一行がチャーターした“シンセリティ”号は、キューリ船長をはじめとして乗組員全員が英国人を目の敵にするマン島人で、さらにワケアリの船だった。かくして、トラブル続きの旅が始まったのだが……。

「語りの超絶技巧+ユーモアで描く奇想大作」という内容紹介文から想像していたのとはずいぶん違う話だったけど、読み応えがあってとても良かった~。
総勢20人ほどの人物の語りや手記などによって物語が形作られ、前半では、ウィルソンら一行の船旅の様子と平行して、英国の植民地化されたタスマニアで、アボリジニの母親と白人の父親のあいだに生まれた少年ピーヴェイがアボリジニ迫害のなか成長していく様子が描かれています。前者の英国人たちの珍道中の描写は 『ボートの三人男』 を連想させるようなイギリスの伝統的なユーモア小説のノリでとても楽しいんですが、後者の大英帝国による先住民迫害の様子は読むほどにひどく胸が悪くなる。やがては純血のタスマニア・アボリジニを全滅にまで追いやった大量虐殺、さらに先住の地から追い出して「保護区域」へ強制移住させた彼らに対する「教化」――「文明人」たる自分たちが「未開人」たちを文明化してあげようという独善的な思い上がり。白人たちはアボリジニを「野蛮人」と見なしますが、「文明人」面した白人たちのほうがよほど野蛮に見えてくる。英国本国が絶頂期と言われるヴィクトリア朝を謳歌する一方で、地球の反対側ではこんなことをしていたわけね。ウィルソン一行がそんなタスマニアへ「エデンの園」を探しに行くというのは強烈な皮肉です。
しかし、これらの出来事は複数の語り手たちによって様々な視点から語られるので、客観性が生まれ、陰湿ではなくドライな感じになっています。また、中盤すぎでウィルソン一行とピーヴェイの物語が交錯してからは密林+海洋冒険小説みたいになって、とてもおもしろかった。(ピーヴェイに対しては気の毒でならないと同時に、某人物には激しい嫌悪感を覚えずにはいられませんでしたが……)

ところで、どうして、この作品が「プラチナ・ファンタジイ」のラインナップに入っているのかな? 非現実的な要素は皆無だし、幻想的なところもほとんどないと思うのですが……。

* Tag : 歴史/時代もの  

2008.02.06 23:06 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学

2008. 02. 03

『道化の死』 ナイオ・マーシュ

Amazon.co.jp で詳細を見るOff with His Head (1956)
ナイオ・マーシュ / 清野泉 訳 / 国書刊行会
世界探偵小説全集41
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年に一度、冬至の次の水曜日にマーディアン・キャッスルで催される民俗舞踊「五人息子衆のモリスダンス」。そのクライマックスで、道化役の男が首を切り落とされた死体となって発見される。舞台は終始見物の目にさらされており、誰にも犯行は不可能なはずだった。スコットランド・ヤードのアレン警視が捜査に乗り出す。民俗色豊かな背景、巧妙な伏線に大胆不敵なトリック。マーシュの戦後代表作。

雪に囲まれた排他的な田舎の村で殺人事件が起こる――発表されたのは1956年ですが、黄金期本格の雰囲気そのままの作品。傑作とまでは行かなくともしっかりと作られた推理小説で、個性的な登場人物たちのいきいきとした描写や軽妙な会話というマーシュ作品の魅力もあって、楽しんで読めました。

マーシュの作品はたいてい殺人場面が派手かつ残酷なのですが、剣を使った舞踊の最中に道化役の男の首が切り落とされて発見されるという本作は特に派手&残酷です。しかも衆人環視下。
そんなインパクトのある不可能犯罪興味と比べると、フーダニット興味のほうはやや薄いように思えます。それは多分、主たる容疑者であるアンダースン家の五人兄弟が1名を除いて、あまりはっきりと書き分けられていないからではないかな。ただ、これはマーシュが「書き分けられなかった」のではなく「書き分けなかっただけ」なのだろう、ということは、容疑者から外されている目撃者たちは個性豊かに、さらに人間模様も濃く描かれていることから窺えます。今回、マーシュの興味は五人兄弟よりも、舞踊の場面を作るのに必要だった目撃者たちに向けられていたということかな。(その傾向は、他の作品にも多かれ少なかれ見られるような気がします)


ところで、国書刊行会の「世界探偵小説全集」もこの巻をもって終了。非常に残念だけど、他の出版社からもこれだけたくさんクラシック・ミステリが翻訳されていると、続けるのも難しいのでしょうか。でも、まだ三分の一ほど読んでいないのがあるから、とりあえずそれを読まなくてはね~。
(論創社のマーシュはどうなってるんでしょうか……。もう半分諦めたようなつもりでいたほうがいいのかな……)

* Tag : ナイオ・マーシュ  世界探偵小説全集  

2008.02.03 22:57 | Comments(2) | Trackback(2) | ミステリ&サスペンス

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読んだ本の感想メモ、気になる本の情報など。翻訳小説が中心です。特に好きなのは、海外古典ミステリと19世紀イギリス文学。
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