* Category : 「 海外文学-19世紀 」の記事
- 2008-06-15 ヴィクトリア朝サスペンス×2
- 2008-05-15 『ケニルワースの城』 サー・ウォルター・スコット
- 2008-05-06 『ジュルジュ・サンドセレクション(1) モープラ』
- 2008-04-17 『灰色の女』 A・M・ウィリアムスン
- 2008-04-10 『愛の妖精(プチット・ファデット)』 ジョルジュ・サンド
- 2008-03-30 岩波文庫2冊
- 2008-03-25 『プラハの妖術師』 F・M・クロフォード
- 2008-03-12 『虜囚の恋』 R・L・スティーヴンソン
- 2008-02-26 『ヴィレット』 シャーロット・ブロンテ
- 2008-02-11 『闇の奥』 ジョセフ・コンラッド
2008. 06. 15
ヴィクトリア朝サスペンス×2
なんだかビミョーにやる気がなくて、読んだ本の感想書くのサボリ気味です……。
レ・ファニュのゴシック・スリラー 『ワイルダーの手』 を読み始めました。
親戚ながら代々醜い争いを繰り広げてきたワイルダー家とブランドン家。マーク・ワイルダーとブランドン家の女相続人ドーカスの結婚によって、その争いに終止符が打たれようとしていた……というところから物語は始まります。
何の前知識もなしで読み始めたのですが、このツンツンした黒髪美人ドーカスと、その従姉妹で気丈な金髪美人のレイチェル・レイクの二人がダブルヒロインなのかな? それに対し、マークやレイチェルの兄スタンリー・レイク大尉といった男性陣が、腹黒・性悪などロクデナシばかりなのがおもしろい。
でもって、語り手の青年チャールズ・ド・クレスロンがなんだか……キモイ。この人、二人の結婚に際しての財産上の契約手続きを手伝ってほしいと旧友のマークに呼ばれたのですが、実はマークのことをあまり好いてはいません。でも、ドーカスが絶世の美女であることを噂で知っている彼は、政略結婚なのでドーカスはマークを愛しているわけではないだろうと考え、「好奇心に横恋慕めいた感情がちらつき」、つまり「あわよくば自分が……」という下心アリアリでブランドン邸へいそいそとやってきます。想像以上のドーカスの美しさに舞い上がったチャールズはなんとか彼女に取り入ろうとしますが、はにかみ屋だわ口下手だわで会話は盛り上がらずに白けきってしまい、ドーカスはそれをフォローしようとさえしません。自分に親切にしてくれないドーカスのことを、内心で「つれない」「高慢」「よほどずぶといのか世間知らずなのか」だのとなじるチャールズ。それでいて、彼女から何か話しかけられると、有頂天のあまり、テンパってしどろもどろに……。あー、これはイタすぎる……(笑)。
そんなチャールズの寝室に、真夜中に老人の幽霊(?)が現れ、「マーク・ワイルダーはこの女を娶るなかれ、さもなくば生きながら埋葬され、ふたたび起つことあるまじ」と告げる……という感じに物語は進んでいきます。(美女ではなく老人の幽霊に夜這いされるとは……チャールズ、ますます可哀相な奴だな/笑)
ところで、レ・ファニュはヴィクトリア朝の作家ですが、ヴィクトリア朝と言えば……
サラ・ウォーターズ 『半身』 が原作の "Affinity" のDVDが、amazon.co.ukで予約できるようになってた。
http://www.amazon.co.uk/Affinity-Anna-Madeley/dp/B000XJF080/
これ、イギリスのITVがドラマ化したものだよね。
ドラマ化のことはこのブログでも以前ちらっと書いたことがあって、いつ放送されるのかなと思って、ときどきITVのサイトをチェックしていたんですが……。春予定だったのが延びたみたいで、ITVではまだ放送されていない模様。
テレビで放送する前から、DVDの予約が始まってるのか。
さらに調べてみたら、今月下旬にサン・フランシスコで開かれる「San Francisco International Lesbian and Gay film festival」で上映されるらしい。
Affinity | Frameline32 | Tim Fywell | USA
レ・ファニュのゴシック・スリラー 『ワイルダーの手』 を読み始めました。
親戚ながら代々醜い争いを繰り広げてきたワイルダー家とブランドン家。マーク・ワイルダーとブランドン家の女相続人ドーカスの結婚によって、その争いに終止符が打たれようとしていた……というところから物語は始まります。
何の前知識もなしで読み始めたのですが、このツンツンした黒髪美人ドーカスと、その従姉妹で気丈な金髪美人のレイチェル・レイクの二人がダブルヒロインなのかな? それに対し、マークやレイチェルの兄スタンリー・レイク大尉といった男性陣が、腹黒・性悪などロクデナシばかりなのがおもしろい。
でもって、語り手の青年チャールズ・ド・クレスロンがなんだか……キモイ。この人、二人の結婚に際しての財産上の契約手続きを手伝ってほしいと旧友のマークに呼ばれたのですが、実はマークのことをあまり好いてはいません。でも、ドーカスが絶世の美女であることを噂で知っている彼は、政略結婚なのでドーカスはマークを愛しているわけではないだろうと考え、「好奇心に横恋慕めいた感情がちらつき」、つまり「あわよくば自分が……」という下心アリアリでブランドン邸へいそいそとやってきます。想像以上のドーカスの美しさに舞い上がったチャールズはなんとか彼女に取り入ろうとしますが、はにかみ屋だわ口下手だわで会話は盛り上がらずに白けきってしまい、ドーカスはそれをフォローしようとさえしません。自分に親切にしてくれないドーカスのことを、内心で「つれない」「高慢」「よほどずぶといのか世間知らずなのか」だのとなじるチャールズ。それでいて、彼女から何か話しかけられると、有頂天のあまり、テンパってしどろもどろに……。あー、これはイタすぎる……(笑)。
そんなチャールズの寝室に、真夜中に老人の幽霊(?)が現れ、「マーク・ワイルダーはこの女を娶るなかれ、さもなくば生きながら埋葬され、ふたたび起つことあるまじ」と告げる……という感じに物語は進んでいきます。(美女ではなく老人の幽霊に夜這いされるとは……チャールズ、ますます可哀相な奴だな/笑)
ところで、レ・ファニュはヴィクトリア朝の作家ですが、ヴィクトリア朝と言えば……サラ・ウォーターズ 『半身』 が原作の "Affinity" のDVDが、amazon.co.ukで予約できるようになってた。
http://www.amazon.co.uk/Affinity-Anna-Madeley/dp/B000XJF080/
これ、イギリスのITVがドラマ化したものだよね。
ドラマ化のことはこのブログでも以前ちらっと書いたことがあって、いつ放送されるのかなと思って、ときどきITVのサイトをチェックしていたんですが……。春予定だったのが延びたみたいで、ITVではまだ放送されていない模様。
テレビで放送する前から、DVDの予約が始まってるのか。
さらに調べてみたら、今月下旬にサン・フランシスコで開かれる「San Francisco International Lesbian and Gay film festival」で上映されるらしい。
Affinity | Frameline32 | Tim Fywell | USA
* Tag : レ・ファニュ
2008. 05. 15
『ケニルワースの城』 サー・ウォルター・スコット
Kenilworth (1821)ウォルター・スコット / 朱牟田夏雄 訳 / 集英社 世界文学全集
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(左の表紙写真は原書版のもの)
1575年のイングランド。コーンウォールの老騎士の娘エミー・ロブサートは、父親の元を黙って抜け出し、レスター伯爵ロバート・ダドリーと駆け落ち同然に結婚した。しかし、女王エリザベスの寵をライバルのサセックス伯爵と競っている野心家のレスター伯は、女王の寵愛を失うことを恐れてこの結婚を秘密にし、腹心の臣下リチャード・ヴァーニーに命じてエミーをカムナー屋敷に閉じ込めさせておく。エミーの居場所を突き止めた元婚約者のトレシリアンは、その相手をヴァーニーだと勘違いし、彼の非道を女王に訴え出たことから、レスター伯とヴァーニーは窮地に陥る。その後、女王エリザベスは国内巡業の途中で、レスター伯の居城ケニルワースに滞在。そこへ、ヴァーニーのもとから逃げ出したエミーが夫の庇護を求めてやってくるのだが……。
サー・ウォルター・スコットが、女王エリザベスと寵臣レスター伯爵、謎の転落死を遂げたその妻エミー(エイミー)の話を基に描いた歴史小説。他にもサー・ウォルター・ローリー(見せ場あり)やシェイクスピア(こちらは出番ほとんどなし)など実在の人物が多数登場しますが、史実どおりというわけではなくて、実際にレスター伯とエミーが結婚したのは1550年(エリザベスの即位前)で秘密でもなんでもなく、エミーが亡くなったのは1560年であるなど(エリザベスと結婚したいレスター伯がエミーを邪魔に思って殺したという説があるのは実話)、物語をおもしろくするためにかなりの改変が加えられているそうです。
後半になって主要登場人物がケニルワースに集合するあたりからおもしろくなってくるんですが、前半はなかなか話が進まず。それに、トレシリアンやその配下の人々が、やらないほうがいいようなことばかりやるんだよなー。エミーの名誉を重んじての行動とは言え、逆にエミーをどんどん苦境へと追い込んでいくばかりで、「もう余計なことするからーっ」ってイライラする。「エミーが助けを望まないなら、介入しないほうがいい」とアドバイスする人物もいるのに。エミー本人も、レスター伯爵夫人として宮廷で注目されたいという思いもあって、ちょっと分別が足りない若い女性だし。
そんなヒロイン側と比べると、「悪党」のヴァーニーは策略に長けていて(この人の行動も割合行き当たりばったりだけど)、自己の出世や保身のためには手段を選ばない冷徹さで、こちらのほうが強く印象に残ります。
レスター伯はね……まあどうしようもない人ですね。
サー・ウォルター・スコットって、日本では名前ばかり有名で作品はあまり読まれていないという印象があるんだけど、スコットランドの国民的詩人&作家で、当時の人には非常に愛読されていたんですよね。今回、初めてスコットを読んでみて、当時の人々が熱中したのもわかる気がしました。
エリザベス女王がサセックスとレスターを対峙させる宮廷のシーンとか、エリザベスがケニルワースに入場するシーンとか、本当に華々しくって素晴らしいんだもん。
他にも、ヴァーニーとトレシリアンそれぞれに従う錬金術師(医師)や、エミーに忠実に仕える田舎娘ジャネットなど、エンターテイメント的な人物配置も巧いし。
ちなみに、物語とは直接関係ないけれど、レスター伯ロバート・ダドリーは、ノーサンバランド公爵ジョン・ダドリーの息子。つまり「九日間の女王」レディ・ジェイン・グレイと政略結婚したギルフォードのお兄さんだったんですねー。
※ イングリッシュ・ヘリテージのサイトのケニルワース城のページ
http://www.english-heritage.org.uk/server.php?show=nav.16873
2008. 05. 06
『ジュルジュ・サンドセレクション(1) モープラ』
Mauprat (1837)ジョルジュ・サンド / 小倉和子 訳 / 藤原書店
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フランス革命直前のペリー地方。孤児になったベルナール・モープラは、地方貴族ながら没落して山賊に成り下がった祖父に引き取られ、森の中の小さな城ロッシュ=モープラで、荒々しいモープラ一族に囲まれて成長する。十七歳になったある日、城に迷いこんできた親戚の娘エドメに一目惚れしたベルナールは、助けるのと引き換えにエドメに自分のものになると誓わせて、彼女を連れて城から逃げ出し、エドメの父ユベールのもとで暮らし始める。しかし、エドメは野獣のようなベルナールを拒否し、自分と結婚したければ教育を受けるように告げるのだった。
粗野で無教養だった青年が、愛する女性のために、頑張って勉強したりアメリカ独立戦争に参加したりして努力して、立派な人間に成長する物語。『愛の妖精』 がとても気に入ったので、他のサンド作品もと思って読んでみたのですが……。
これはひどい。何がって、エドメの鼻持ちならなさが。助けてもらうのと引き換えに「あなたのものにならないうちは誰のものにもならない」と誓ったエドメですが、粗野なベルナールと結婚するのが我慢なりません。ベルナールに、教育を受けて愛するに値する人間に生まれ変われば結婚してもいいとほのめかす一方で、以前から婚約していたド・ラ・マルシュ氏との婚約を解消しようとはせず、やっと婚約解消した後も、あーだこーだと理由をつけてベルナールとの結婚を先延ばしにしようとします。それでいて、エドメの冷たい態度と生殺し状態に耐えられなくなったベルナールが出て行こうとすると、彼を息子のように思っている父ユベールが悲しむからと言って引き止めるのです。もう一体どうしたいんだよ、あんたはー! もっとも、ベルナールの一人称の視点から語られているのでエドメの真意がはっきり見えないという事情があって、エドメは「愛する男性と対等な立場でいたい(精神的な意味でも)」という理想をひたすら追求しようとしているわけなんですね。とは言っても、七年間も引き伸ばすのは明らかにやりすぎでしょうよ。それに付き合ったベルナールもベルナールだ。普通の人だったら付き合いきれません。
しかし、エドメのベルナールに対するひどい仕打ちはこれで終わりません。エドメが誰かに銃で撃たれて重態になり(そのまま天国行っちゃえばよかったのに……とか思ったことは内緒です)、その事件が物語後半の山場となるのですが、発砲した人物を見ていなかったエドメはとうとうキレたベルナールが自分を殺そうとしたのだと考え、それが原因でベルナールは逮捕されてしまうのです。あー、この女、最後までベルナールが生まれ変わったことを信じていなかったんだ……。これはさすがにベルナールが気の毒すぎる。その後、あれやこれやで大団円になだれこんでも、納得できないよー。
そんな恋愛小説としての側面はさて置き、社会小説としては、革命の気運高まるフランスとアメリカ独立戦争を背景に、自由と平等の精神、そして人は教育によって生まれ変われるのだということを謳った作品です。(エドメを始めとする教師陣からルソーなど当時の最先端の哲学を叩き込まれたベルナールは、フランス革命の思想を体現する人物と言えます。それに理性によって感情を制御することを学んだわけで、フランス革命というのは「理性」を信仰した時代だったっけ)
ここまでフランス革命を希望を込めて描いた作品というのは、久しぶりに読んだわ。著者サンドにとっては、この小説が書かれた当時の王政復古期は抑圧された前時代的な代物で、それと比べて自由思想を実現しようとした革命時のほうが輝かしく見えた、というのが背後にあるようだけど。
▼出版社の『モープラ』解説ページ
http://www.fujiwara-shoten.co.jp/sand/sand01.htm
2008. 04. 17
『灰色の女』 A・M・ウィリアムスン
A Woman in Grey (1898)アリス・ミュリエル・ウィリアムスン / 中島賢二 訳 / 論創社
論創海外ミステリ73
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アモリー家に伝わる由緒ある屋敷、ローン・アベイ館。二十年前に元女中頭によって買い取られたが、七年前にその老女は時計塔の中にある自分の部屋で殺され、それ以後、館は荒れるがままで、老女殺しの犯人として逮捕され獄中死した若い娘の幽霊が出るという噂が囁かれていた。館を買い取ることになった叔父アモリー卿のために下見にやって来た青年テレンス・ダークモアは、誰もいないはずの時計塔で、灰色の服を着た謎めいた美女・コンスエロと出会う……。
黒岩涙香が翻案し、さらに江戸川乱歩がリライトした 『幽霊塔』 の原作――だそうなんだけど、両方とも読んでいない私にとってはそれにはあまり関心がなくて、この本を手に取ったのも、単にヴィクトリア朝に書かれたゴシック・スリラーに飢えていたからなのよ。
題名からしてウィルキー・コリンズの 『白衣の女(The Woman in White)』 を意識しているらしいことが見て取れますが、コリンズやレ・ファニュのスリラーの亜流と言うべきか、さらに通俗的にして、おどろおどろしさを強調し、けばけばしくしたような感じ。けばけばしいと言うのは、謎めいた美女・老婆殺し・幽霊・暗号・首なし死体・密室からの人間消失・監禁・毒薬・目の光る肖像画・壁を這いずりまわる手・仕掛けのあるベッド・偽の電報etc.……と、よくもまあここまで次から次へと詰め込んだもんだと感心してしまうくらい、ゴシック・スリラーの定番アイテムの大バーゲン状態だから。この手の小説は当時「センセーション・ノベル(扇情小説)」と呼ばれていたようだけど、納得のいく呼び名ですね。
あと、この物語を素直に楽しめなかったのは、主人公テレンス(とコンスエロにも)に好感を持てなかったのも大きいと思います。美しい女性に惚れ込んで周囲や物事を冷静に見ることができなくなり、彼女の言うことを盲目的に信じ込むことを騎士道精神だと勘違いする若い男ほど、物語の語り手として鬱陶しく、始末に負えないものはない。しかも、こいつ、婚約者のポーラをコンスエロと比較して、眉に個性が感じられないだとか、耳たぶが厚すぎるだとか、延々と一ページにも渡ってポーラの容姿に細か〜くケチをつけ続けるんですよ、もうドン引きですよ。自己中で腕力に物を言わせるようなところもあるし、なんでこんな男をポーラもコンスエロも好きになるのか理解できんわ。顔かよ。
ただ、○○○○ネタには結構ビックリだったなあ。謎解き的な驚きではなく、この時代にもうこれがあったのか、という驚きで。
[追記: その後、セイヤーズの「探偵小説論」を読み返していたら書いてあったんだけど、○○○○ネタは、レ・ファニュが "Checkmate (1871)" という未訳の作品で使っているそうだ]
* Tag : 論創海外ミステリ
2008. 04. 10
『愛の妖精(プチット・ファデット)』 ジョルジュ・サンド
La Petite Fadette (1849) ジョルジュ・サンド / 宮崎嶺雄 訳 / 岩波文庫
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フランス中部の農村地帯ベリー州を背景に、野性の少女ファデットが恋にみちびかれて真の女へと変貌をとげてゆく。ふたごの兄弟との愛の葛藤を配した心憎いばかりにこまやかな恋愛描写は、清新な自然描写とあいまって、これをサンド(1804-76)の田園小説のうちで屈指の秀作としている。主人公は少女時代の作者自身をモデルにしたものだという。 (表紙より)
うわあー、なんなの、この胸キュン(死語?)ストーリーは! 少女マンガのような純情で微笑ましい恋物語にジタバタしすぎて悶え死ぬかと思った。これまでこの本を読まずにいた自分を恨んでやりたい。
野育ちの少女ファデットは、好きな男の子ランドリーの気をひくためにわざと意地悪をしちゃうような女の子。魔法使いと言われている祖母に育てられ、悪態をつくのが得意なお転婆で、身なりにまったく構わずちっぽけでみっともないので「こおろぎ」というあだ名で呼ばれ、本人も自分は醜いと思い込んでいる。そんなファデットが、ランドリーに気に入られたいと身なりや言動に気をつけ、努力するうちにどんどん美しくなっていく。「恋は女の子をキレイにする」と言うけれど、その通りの展開です。ファデットはもともととても頭が良くて気立てのいい子なんだけど、初めのほうでランドリーに素直な気持ちを伝えられない不器用なところとか、ランドリーから好きになったと告白されて嬉しさのあまり気を失ってしまうところとか、もう、いじらしくって、かわいくって(デレデレ〜)。
そんなファデットとランドリーの牧歌的な恋の障害となるのが、ランドリーの双子の兄シルヴィネ。普通、「一人の少女と美形の双子兄弟」と来たら、ほほう〜双子が同じ少女を好きになるんだな(ありきたりだけど)、と思うでしょ? ところがこの物語は、双子の弟のほうを少女と「弟☆激LOVE」なブラコン病弱兄が奪い合うという話なんですねー。発想の転換がすごすぎるぞ、ジョルジュ・サンド。このシルヴィネ、弟が自分以外の誰かと親しくなれば嫉妬して「おれのことなんてもうどうでもいいんだな」と拗ねてしまい、弟と離れ離れで暮らさなくてはいけなくなると熱を出して寝込んでしまう。なんという乙女気質。ランドリーとファデットが強く想いあっていると知ったときなどのシルヴィネの反応が、読者の期待を裏切らないどころか、その上を行くのがまた素晴らしい。(正直18にもなってそれはどうなんだと思わないでもないが、病弱美形ということで仕方ない、目をつぶろう)
以上の強力キャラふたりに愛されるランドリーも、お祭りで一緒に踊ったファデットがからかわれているのをかばってやる場面はオットコマエだし、ファデットのいいところを知ってメロメロになったり、彼女に初めてキスしてもらって「もう少しで死にそうになった」りするところとか、純情でかわいいなー。ファデットにあそこまで尽くされておいて彼女の本心に気づかないのは鈍すぎだろ、とも思うけど。
はぁ、この古典作品でここまで乙女成分を補給できるとは思わなかった。「大変ご馳走様でした」と言わせてください>ジョルジュ・サンド
2008. 03. 30
岩波文庫2冊
最近読んだのを一緒に。両方とも読みやすくておもしろかったです。
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大尉の娘
Капитанская Дочка (1836)
A・S・プーシキン / 神西清 訳 / 岩波文庫
18世紀後半、女帝エカテリーナ2世の時代のロシア。軍隊に入ったばかりで僻地の要塞に赴任してきた地方貴族の青年グリニョフが、農民一揆の主導者プガチョフと奇妙な交流をかわしつつ、愛する女性(大尉の娘マリヤ)を助けるために頑張る物語。
主人公は最初はお調子者のおぼっちゃんで先行きが思いやられたのですが、いつの間にか責任感と義侠心のある頼もしい存在に成長していて、よかったよかった。
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影をなくした男
Pater Schlemihls Wundersame Geschichte (1814)
アーデルベルト・フォン・シャミッソー / 池内紀 訳 / 岩波文庫
おとぎ話(後半では七里靴が出てきます)や昔話っぽいのかと思いきや、意外に諦観というかペーソスの漂う話でした。
影がないというので、他の人々から忌み嫌われる主人公ペーター・シュレミール(召使の若者ベンデルだけはそれを知っても忠実に付き従ってくれますが)。普段は影なんてあまり気にしないので、影が無いくらいどうだって言うんだ?とも思うけれど、まあ無きゃ無いで困るかもね。(この物語の「影」が何かの比喩なのかという煎じ詰め方も出来るのでしょうが、そこまで難しく考えないといけない話でもないと思います)
ロード・ダンセイニの 『魔法使いの弟子』 が「影と引き換えに錬金術を教えてもらう」という話(だったはず…)でしたが、他にも「影と引き換えに…」というファンタジーや童話ってありそう。何かあったっけ?
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大尉の娘Капитанская Дочка (1836)
A・S・プーシキン / 神西清 訳 / 岩波文庫
プーシキン晩年の散文小説の最高峰。実直な大尉、その娘で、表面は控え目ながら内に烈々たる献身愛と揺るがぬ聡明さを秘めた少女マリヤ、素朴で愛すべき老忠僕――。おおらかな古典的風格をそなえたこの作品は、プガチョーフの叛乱に取材した歴史小説的側面と二つの家族の生活記録的な側面の渾然たる融合体を形づくっている。 (表紙より)
18世紀後半、女帝エカテリーナ2世の時代のロシア。軍隊に入ったばかりで僻地の要塞に赴任してきた地方貴族の青年グリニョフが、農民一揆の主導者プガチョフと奇妙な交流をかわしつつ、愛する女性(大尉の娘マリヤ)を助けるために頑張る物語。
主人公は最初はお調子者のおぼっちゃんで先行きが思いやられたのですが、いつの間にか責任感と義侠心のある頼もしい存在に成長していて、よかったよかった。
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影をなくした男Pater Schlemihls Wundersame Geschichte (1814)
アーデルベルト・フォン・シャミッソー / 池内紀 訳 / 岩波文庫
「影をゆずってはいただけませんか?」不気味な灰色の服の男にこう乞われるまま引きかえに“幸運の金袋”を受け取ると、影はたちまち地面からクルクルと巻きとられてしまった――。大金持にはなったものの、影がないばっかりに世間の冷たい仕打ちに苦しまねばならない青年の運命をメルヘンタッチで描いたドイツ・ロマン派の物語。 (表紙より)
おとぎ話(後半では七里靴が出てきます)や昔話っぽいのかと思いきや、意外に諦観というかペーソスの漂う話でした。
影がないというので、他の人々から忌み嫌われる主人公ペーター・シュレミール(召使の若者ベンデルだけはそれを知っても忠実に付き従ってくれますが)。普段は影なんてあまり気にしないので、影が無いくらいどうだって言うんだ?とも思うけれど、まあ無きゃ無いで困るかもね。(この物語の「影」が何かの比喩なのかという煎じ詰め方も出来るのでしょうが、そこまで難しく考えないといけない話でもないと思います)
ロード・ダンセイニの 『魔法使いの弟子』 が「影と引き換えに錬金術を教えてもらう」という話(だったはず…)でしたが、他にも「影と引き換えに…」というファンタジーや童話ってありそう。何かあったっけ?
2008. 03. 25
『プラハの妖術師』 F・M・クロフォード
The Witch of Prague (1891)F・M・クロフォード / 木内信敬 訳 / 国書刊行会 [ゴシック叢書11]
ゴーレム伝説と錬金術の町プラハ。マイリンクとカフカの町プラハ――。失われた恋人ベアトリーチェを求め、《メルモス的放浪》を続ける「旅びと」は、この町で、美しい金髪の妖術師ユノーナに邂逅する。「旅びと」を一目見、心を動かされ、彼の心を自分に向わせようと躍起になるユノーナは、ベアトリーチェは死んだ、というが……。妖しい催眠術、奇怪な人工心臓で錬金術的不死を夢みるアラビア人キーヨルクの暗躍、ユノーナに翻弄されるユダヤ青年イスラエル・カフカの恐怖……クロフォードの代表的長篇である本書は、冬のプラハの錯綜した迷路に繰り広げられる、愛のゴシック・サスペンスである。 (カバー折込より)
女主人公ユノーナは翻訳では「妖術師」、原題では「witch」となっていますが、彼女がやっているのは催眠術で人を思いどおりに操ることです。(もっとも、実際の催眠術にできそうなことを超えて、ちょっと超能力と言うか魔術がかっている)
教会や女子修道院、不老不死の実験などゴシック小説的な要素も含まれているものの、ストーリーにはあまり起伏がなく、登場人物たちが変わりばんこに自分の想いを滔々と述べ続けているといった感じ(みなさん、やたら饒舌なのよね…)。そのため少々冗長にも感じられますが、真情吐露が細かく書き込まれているぶん、ユノーナの片想いの切なさ・やるせなさが強く伝わってきます。ずっと捜し求めていた運命の相手を「旅びと」のなかに見つけ、美しく誇り高いがゆえに、術を使わずに「旅びと」に自分を好きになってもらいたいと願うユノーナ。しかし、ベアトリーチェのことを記憶から消しても彼は自分を「最上の友達」としか見てくれず、失望に駆られたユノーナはなりふりかまわずに術を使うようになり……。自発的意思ではなく強制的に相手に自分を愛させても虚しくないかという問題はあれども、そうせずにはいられないというのが「恋」の切なさでもあり狂気でもあるんでしょう。そして、結末で自分がしてしまったことを元に戻すために非常につらい行為を果たすユノーナの姿、それがもたらす結果に胸がジーンとなると同時に、ユノーナは忘れられないヒロインの一人となりました。
それにしても、結末でみんなに忘れ去られているイスラエル・カフカくんのその後が気になるよ。大丈夫だといいんだけど。
それと、細かいところでは、「旅びと」が「カフカくんは頭がおかしくなってしまったから、何かヘンなことを言っても真に受けないように」と嘘を言い含められたあとで、話をしている相手が興奮して何かヘンなことを口走るたびに、「かわいそうに、頭がこわれてしまったんだね!」と片っ端から「頭のおかしい人」認定をしていくのにウケた。あなた、そんな一つ覚えな(笑)
著者のフランシス・マリオン・クロフォードってどこかで聞いたことのある名前だと思ったら、有名な怪談「上段寝台」の人だったんですね。
2008. 03. 12
『虜囚の恋』 R・L・スティーヴンソン
R・L・スティーヴンソンの 『虜囚の恋』 を手に取ってみたんですが、語り手でもある主人公に嫌気が差してすぐに投げ出してしまった。
舞台は1810年代のイギリス。主人公のアンヌ・ド・サンティーヴ子爵(英語読みでセント・アイヴズ)はフランスの貴族階級の出身だが(両親は革命で処刑)、ナポレオン軍に参加。しかしイギリス軍に捕われ、今はエジンバラ城で捕虜となっている。そこへロンドンから使いがやってきて、革命前にイギリスに亡命していた大伯父が会いに来てほしがっていると言い、大変裕福な大伯父が彼を跡継ぎとして考えていることをほのめかす。かくして主人公は大伯父に会うために脱獄してロンドンへ向かうが、同じく大伯父の財産を狙う従兄アランがそれを妨害しようとし……という話みたい。
で、この主人公は物語冒頭でイギリス人女性のフローラに恋をするんですが、彼女のことを下品に揶揄した捕虜仲間に逆上して決闘を申し込み、相手を殺してしまうのです。そこでなんだか馬鹿馬鹿しく思えてしまって。昔は身分の高い女性の名誉が大切なことだったとしても、悪口を言われたくらいで、人がひとり死ななきゃならないようなことだとは思えないんだよなあ。
その後も主人公はなんかノーテンキだし、そんな男の恋物語なんて付き合ってられませんよ……。
ちなみにこの作品、全36章のうち30章まで書いたところでスティーヴンソンが死亡。残りの6章はアーサー・キラ=クーチが補完したものだそうです。
『世界ロマン文庫20 虜囚の恋』
St. Ives: Being the Adventures of a French Prisoner in England (1897)
ロバート・ルイス・スティーヴンソン / 工藤昭雄・小沼孝志 訳 / 筑摩書房
舞台は1810年代のイギリス。主人公のアンヌ・ド・サンティーヴ子爵(英語読みでセント・アイヴズ)はフランスの貴族階級の出身だが(両親は革命で処刑)、ナポレオン軍に参加。しかしイギリス軍に捕われ、今はエジンバラ城で捕虜となっている。そこへロンドンから使いがやってきて、革命前にイギリスに亡命していた大伯父が会いに来てほしがっていると言い、大変裕福な大伯父が彼を跡継ぎとして考えていることをほのめかす。かくして主人公は大伯父に会うために脱獄してロンドンへ向かうが、同じく大伯父の財産を狙う従兄アランがそれを妨害しようとし……という話みたい。
で、この主人公は物語冒頭でイギリス人女性のフローラに恋をするんですが、彼女のことを下品に揶揄した捕虜仲間に逆上して決闘を申し込み、相手を殺してしまうのです。そこでなんだか馬鹿馬鹿しく思えてしまって。昔は身分の高い女性の名誉が大切なことだったとしても、悪口を言われたくらいで、人がひとり死ななきゃならないようなことだとは思えないんだよなあ。
その後も主人公はなんかノーテンキだし、そんな男の恋物語なんて付き合ってられませんよ……。
ちなみにこの作品、全36章のうち30章まで書いたところでスティーヴンソンが死亡。残りの6章はアーサー・キラ=クーチが補完したものだそうです。
『世界ロマン文庫20 虜囚の恋』
St. Ives: Being the Adventures of a French Prisoner in England (1897)
ロバート・ルイス・スティーヴンソン / 工藤昭雄・小沼孝志 訳 / 筑摩書房
2008. 02. 26
『ヴィレット』 シャーロット・ブロンテ

Villette (1853)
シャーロット・ブロンテ / 青山誠子 訳 / みすず書房 (ブロンテ全集5&6)
[ Amazon: 上巻 ] [ Amazon: 下巻 ]
【上巻の少々詳しいあらすじと下巻の大雑把なあらすじ】
13歳の少女ルーシー・スノウは、名付け親のミセス・ブレトンの家に滞在中、同じ家に預けられた幼い少女ポーリーヌ(ポリー)・ホウムと知り合う。ポリーはその家の息子ジョン・グレアム・ブレトンに誰よりも懐き、グレアムもそんなポリーを可愛がるのだった。
それから十年後、天涯孤独の身となっていたルーシーは、裕福な老婦人ミス・マーチモントの話し相手(コンパニオン)として働き始めた。女主人の死後、まとまった額の給金を手にして、気の向くままにロンドンからラバスクール王国の首都ヴィレットへと渡り、私立女学校を営むマダム・ベックのもとで子供の家庭教師の職を得る。
やがて学校で教師として英語を教え始めたルーシーは、寄宿生たちの診療にやってくるハンサムなイギリス人青年医師のドクター・ジョンが成長したグレアムであることに気づくとともに好意を抱くが、自分に懐いている美しい生徒ジネヴラ・ファンショーが彼を戯れの恋で弄んでいることを知って心を痛める。
長期休暇に入り、一人で寄宿舎に残されたルーシーは孤独にさいなまされ、心身ともに衰弱していく。外出中に気を失って倒れたところを、通りがかったドクター・ジョンに助けられ彼の家に運ばれる。お互いに身元を明らかにし、ルーシーはブレトン家で楽しい療養生活を送る。やがて単調な学校生活に戻ったルーシーは、屋根裏部屋や庭で謎めいた修道女の姿を何度か目撃するようになる。それはグレアムへの苦しい恋心や寂しさのあまり錯乱した精神のうみだした幻だったのか、本物の幽霊か、それとも……。
ある日、一緒に劇場に出かけたルーシーとグレアムは怪我をした若い女性を助けるが、後日、それがポリーであることがわかる。ポリーは今や美しい女相続人に成長しており、グレアムと恋に落ちて結婚することになる。一方ルーシーは、学校で教えている教授のムッシュ・ポール・エマニュエルとの友情がやがて恋へと変わっていき……。
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異国の都ヴィレット(ベルギーのブリュッセルがモデル)での、孤独な若いイギリス人女性の物語。
シャーロット・ブロンテが最後に完成させた長篇で、彼女自身の体験(ブリュッセルのエジェ寄宿学校に留学し、既婚者であるエジェ教授につらい片想いをした)に基づいた自伝的要素もある作品です。
シャーロットの作品は 『ジェイン・エア』 を中学生のときに読んで以来なんですが、改めて読んでみると妹のアンの作品によく似ているような……。あそこまでの窮屈さや狭量さは感じないけれど、生真面目すぎてちょっと堅苦しい。
あと、物事や他人を自分の価値観で計ろうとするところ。異国を舞台にしたこの作品ではその価値観が「イギリス人の価値観」と同化されており、「この土地(=ベルギー)の人々よりもイギリス人のほうがずっと優れている」というシャーロットの主張が透けて見えてくる(よくもまあ、あそこまでその土地の人々・物事をこき下ろせるもんだわ。そもそも「ヴィレット」というのが「卑小な町」という意味なんだとか)。まともな人物として登場するのはイギリス人ばかりだし(そうじゃないイギリス人もいますが)、現地人のムッシュ・ポールもイギリス人の悪口を言う一方で、実は心の奥ではイギリス人女性(=ルーシー)の素晴らしさに感嘆している……といった具合。
作品構成が凝っているところはなかなか興味深かったです。
語り手のルーシーは、子供時代のポリーとグレアムを描いている物語の冒頭部分ではほとんど空気状態で、性格はおろか身の上もハッキリしません。それから十年が経ってヴィレットに行ってからも傍観者を決め込み、ドクター・ジョンへの恋心も読者に隠そうとしているほどなのですが、そんなルーシーがやがて話の中心へと出てきて、最後には押しも押されぬヒロインとなっているのです。
そして、「信頼できない語り手」要素も。ルーシーは知り合って間もないドクター・ジョンの顔を見ていてアッと驚きますが、なぜ驚いたのかはその場では語られません。私みたいな注意力散漫な読者がそれを忘れかけた頃、ドクター・ジョン=グレアムであることとルーシーが以前からそれに気づいていたことが知らされ、実はあのとき驚いたのはそのことに気づいたからだったのよ、と明かされます。これにはちょっとビックリした。
修道女の幽霊(?)とその意外な正体というゴシック小説的要素もあるし、さらに、結末も一筋縄ではいかないようになっています。
しかし、ストーリーそのものは起伏のない地味な恋愛話でおもしろくなかった……。
まだ上巻は、ルーシーの厳しい内省描写などが読み応えがあったんですが、下巻に入ってからの展開がひどくつまらなくって。ポリーのファザコンぶりとその父親の親バカっぷりはダブルコンボで鬱陶しいし、ポリーとグレアムの美男美女カップルの陳腐すぎる恋愛話もこのうえなく鬱陶しい(読者はルーシーのグレアムへの片想いを知っているのでなおさら)。それに輪をかけてウンザリさせられたのが、癇癪持ちの変わり者の小男ムッシュ・ポール。さらに、一章も費やして偏見まじりのカトリック批判まで始まったのには、ほとほと閉口……。(先日、「イギリスにおけるカトリック改宗」に興味を持っていると書きましたが、19世紀半ばにプロテスタントのイギリス人がカトリック信仰をどう蔑視していたかの一例がここにあります)
ルーシーの圧倒的な孤独感というのは、ところどころ共感できる部分もあるんですが、彼女自身の他人に対する観察眼の厳しさが人を遠ざけているようなところもあるので、あまり同情はできません。まあ、裏返せば、他人から自分を守るために鋭い観察眼で武装しなければならなかったということかもしれないけれど。さらに、上で触れたようにヴィレットがネガティブに描かれているのも、シャーロットのブリュッセルでの生活がつらいものだったということの裏返しなのかも。
しかし、その辺りを含めて、妹のアンと同じように、現実生活でうまくいかない苛立ち・鬱憤を作中で晴らしているというか、作品のなかで自己肯定を試みているように思えてしまうんだよなあ……。で、私には作品の素晴らしい点よりも、そのような側面のほうが目に付いてしまうんだよねえ……。
2008. 02. 11
『闇の奥』 ジョセフ・コンラッド
Heart of Darkness (1899)ジョセフ・コンラッド / 藤永茂 訳 / 三交社
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アフリカ奥地の貿易会社出張所にやってきた船乗りマーロウが耳にしたのは、最奥部の出張所をあずかる腕ききの象牙採取人クルツの噂だった。折しも音信を絶ったクルツの救出に向かうマーロウ一行の前に、死と闇の恐怖を秘めた原始の大密林がおおいかぶさる。ポーランド生れのイギリス作家コンラッド(1857-1924)の代表作。 (岩波文庫版の表紙より)
『英国紳士、エデンへ行く』 を読んでいる最中に、「植民地におけるヨーロッパ人」つながりで連想したのがこの作品でした。入手しやすいのは岩波文庫版(中野好夫訳)ですが、誤訳が多いそうなので、こちらの新訳を読むことに。
実際にベルギー領コンゴへ一攫千金を狙って出かけたコンラッドが、そのアフリカの奥地で遭遇した様々な「闇」――それは自分や他人の「心の闇」であったり、アフリカの大自然であったり――を語り手マーロウに託して描いた作品。
……ではあるのですが、この新訳における訳者の主眼は、作品に潜む植民地主義・帝国主義に関するコンラッドの思想をより明確にすることにあり、それは詳細な訳注にも現れていて、訳注を参照しながら本文を読んだのでついそちら方面に引きづられてしまいました。まあ、もともと私の頭のなかにも「植民地支配」というのがあったんだけど。
作中には具体的な国名・地名は出てきませんが、マーロウが雇われたのはブリュッセル(中野訳では「パリ」と誤訳されている)の開拓貿易商社であり、向かった先はコンゴ自由国。そこは当時、ベルギー国王レオポルド二世の私有植民地で、ゴムや象牙を採取するために原住民たちは過酷な強制労働をさせられ、圧制と搾取のもとで数百万人もの人が命を落としたのだそうです。作中でのクルツの暴虐行為は、コンゴで行なわれていた残虐非道のメタファーだったようです。しかし、実名は出さずともベルギーの植民地支配を批判する一方で、コンラッドがイギリスを特別視し、その植民地主義・帝国主義を「健全なもの」として肯定しているのは、本文を読めば明らかなように思えます。けれども、欧米では「ベルギーにとどまらず、イギリスを含むヨーロッパ全体の植民地支配と搾取を痛烈に批判する作品である」というコンラッド擁護が根強いようで、訳者はあとがきでそのような「欺瞞」ともとれる擁護に反論するとともに、ナチスドイツによるユダヤ人迫害に比べてコンゴ自由国での大虐殺が滅多に言及されることがないことを問題視しています。(少なくとも、現在もアフリカで続いている内戦や紛争の大半は、植民地時代にヨーロッパが持ち込んだ火種がいまだに燻り続けているのだということは覚えていたほうがいいのではないでしょうか)
あと、『英国紳士、エデンへ行く』 を読んだあとだと、大英帝国が植民地タスマニアでアボリジニを全滅に追いやったことについて、コンラッドは知っていたかどうか、知っていたとすればどう考えていたか、気になるところ。『英国紳士〜』 の訳者あとがきによると、タスマニアでの大虐殺は、H・G・ウェルズが 『宇宙戦争(1898年)』 のなかで言及した程度にはイギリス本国でも知られていたようだけど。
この本の訳者さんは、『闇の奥』 に関してこんな本も出していらっしゃいます。近いうちにこの本も読んでみたいと思います。
『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷
藤永茂 / 三交社
