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Reading Diary

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2010. 03. 28

『消えた王子』


The Lost Prince (1915)
フランシス・ホジソン・バーネット / 中村妙子 訳 / 岩波少年文庫 2010-02
[ Amazon:上巻 ] [ Amazon:下巻 ]

ヨーロッパの小国サマヴィアでは、500年前に跡継ぎのイヴォール王子が行方不明になって以来、国内での権力争いや侵略を狙う周囲の大国とのいざこざといった流血沙汰が絶えず、国民たちは“消えた王子”が戻ってきて国を救ってくれることを待ち焦がれていた。サマヴィアの自由と平和を勝ち取るための秘密組織の活動を続ける父親ステファン・ロリスタンとともに、ヨーロッパ各地を転々としてきた少年マルコは、まだ見ぬ祖国サマヴィアのため、父親から日々訓練を受けていた。ある日、マルコはロンドンの下町で足の不自由な少年ラットと出会う。やがてマルコとラットは、ステファンから秘密組織の重要任務を任されることになる……。

『小公女』 や 『秘密の花園』 でおなじみ、バーネットの作品です。
バーネットはこんな少年の冒険小説も書いていたんですね。これも、ルリタニアもののひとつと言えるのかしらん?

立派な王子さまが立派な王様になれた…とは限らないよな、とか。
第一次世界大戦が起きるか起きないかって時代に、一人の指導者によって国が救われると期待するなんて楽観的すぎないか? とか。
そもそも、王子の父親が愚君だったことを考えると、王子の血をひいていればいいってもんじゃないよな(しかも500年も経っている)、とか。

たぶん、そういったことはあまり考えないほうがいいのだと思う。物語の趣旨を読み逃すから。
マルコとラットの、ヨーロッパ各地をめぐる任務の旅の冒険を楽しみ、
ステファンとの父子の強い絆や、祖国の自由と平和への強い願いに胸をジーンとさせる。
実際、よく出来た少年の冒険・成長物語なのです、この作品は。

……しかし、ひねくれた大人である私は、やっぱり上のようなことを考えずにはいられず、素直に読めないんだよなあ。
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2010.03.28 23:08 | Comments(1) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2009. 03. 03

『青い城』 L・M・モンゴメリ

The Blue Castle (1926)
ルーシー・モード・モンゴメリ / 谷口由美子 訳 / 角川文庫
2009-02
[ Amazon ]

内気で陰気でみっともない独身女性・ヴァランシー。心臓の持病で余命1年と診断された日から、後悔しない毎日を送ろうと決意するが…。周到な伏線と辛口のユーモア、夢見る愛の魔法に包まれた究極のラブストーリー! (出版社の内容紹介より)

以前、篠崎書林というところから「New Montgomery Books」と題してモンゴメリ作品の翻訳がたくさん出ていまして、そのなかでも特に人気の高かった 『青い城』 が(アマゾンのカスタマーレビューを見るとオール5つ星)、角川から文庫化されたものです。
これまで他人の顔色を窺って生きてきた女性が、余命1年と宣告されたことから、自分のやりたいことをする「自分自身の人生」を歩み始める物語。

10代の頃の私もこの作品が大好きで何度も読んだものですが、ヴァランシーと同年代になって久しぶりに再読してみると、このヒロインに相当「ビミョー」なものを感じる……。
物語冒頭のヴァランシーは、陰気でひがみっぽくて、それでいていつか理想の王子様が迎えに来てくれることを夢見ていて、これじゃ結婚を申し込んでくれる男性が現れないのも当然だと思えるほど魅力に乏しい。でも、そんな自分を変えようとか、自分から何かしようと考えることはなく、彼女がこんなに惨めなのは独善的で性格のキツイ親族一同に頭を押さえつけられているからだ、ということになってしまっている。このあたりにイライラさせられ、「それ、親族よりも自分自身に問題があるだろ」と説教かましたくなるのです。もっとも、100年前が舞台になっている話だから、女性(特にヴァランシーのように貧乏だとはいえ働かなくても暮らしていける階級の女性)は現代よりも家に縛り付けられていたのかもしれないけれど……。
というわけで、今となってはヴァランシーに共感も同情もできず(余命一年と宣告されてタガが外れたあとの彼女も、性格が悪いように思えて好きになれない)、ゆえにヴァランシーに訪れるロマンスにも以前ほどニヤニヤできないのですが、それでも、おもしろくて読みふけってしまうことには変わりないんだよなー。それだけの魅力を秘めた、何かしら惹きつけられるものを持つ物語なのです。あと、やはり、私はモンゴメリの書く文章が好きなんだろうなあ。

そんなモンゴメリの書く物語が好きな私にとっては嬉しいことに、訳者あとがきによれば、同じように篠崎書林から出ていた 『もつれた蜘蛛の巣』 も角川で文庫化されるそうです(これも読んだことあるけれど、内容忘れてしまった…)。それ以外の作品も、ドラマ「アボンリーへの道」の元ネタの 『ストーリー・ガール』 とか、文庫化されればいいのになあ。(以前にマイディア・ストーリー文庫を出していた実績のある角川なので、ちょっと期待してる)

アマゾンの個別商品ページの「なか見!検索」で、最初の数ページが読めるようになっています。

2009.03.03 23:54 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 12. 14

『二人の女の物語』 アーノルド・ベネット

二人の女の物語 (上) 二人の女の物語 (中) 二人の女の物語 (下)
The Old Wives' Tale (1908)
アーノルド・ベネット / 小山 東一 訳 / 岩波文庫

別名「老妻物語」としても知られる、イギリスの自然主義作家ベネット(1867‐1931)の代表作である。作者は自分の生まれ故郷「五つの町」を舞台に、この町で仕立屋を営むベインズ夫人とその2人の娘コンスタンスとソファイアの2代にわたる女の生涯と栄枯とを、正確な写実と伝統的なユーモアの円熟した筆致で描き出した。 (出版社の紹介文より)

「読書中の本 『二人の女の物語』」 の続き

1860年代から1900年代に渡って、地方の中産階級出身の二人姉妹のそれぞれの人生を描いた作品。

従業員サミュエル・ポビィと結婚して家業の洋服店を継いだ姉のコンスタンスは、男児シリルを産み、やがて夫に先立たれます。平凡だけど優しい夫とは最期まで愛し愛され、店は繁盛、息子は芸術の才能を認められて奨学金を得て、傍から見れば妻として母親としての幸せを謳歌したように思えるコンスタンス。しかし、芸術の勉強のためにロンドンへ行ったシリルは母親のことを省みてはくれず、寂しい思いをしています。

一方、ジェラルド・スケールズと駆け落ちした妹ソファイアは、パリへ行って失望続きの短い結婚生活を送った後でスケールズと別れ、成り行きから下宿屋を営むことに。そして、普仏戦争でのパリ包囲やパリ・コミューンなどに遭遇しながらも、下宿屋をせっせと切り盛りして一大事業に育て上げます。ビジネスウーマンとして成功したと言えるソファイアですが、家族のいない孤独感にいつもさいなまされています。

フランスの自然主義文学に傾倒していた著者ベネットは、この小説を 『女の一生』 のイギリス版にしようと考えて書いたんだそうです。(さらに 『女の一生』 を超えるために女主人公を二人にした)
どこにでもいそうな平凡な女性のいたって普通の生活を(ソファイアは当時の女性としてはあまり平凡ではないかもしれませんが)、そこはかとないユーモアまじりながらも淡々とリアリスティックに描写している作品であるため、読む人によっては退屈に思えるかもしれません。かく言う私も、コンスタンスが育児に専念しているあたり、それにソファイアがあまり好きになれなかったので彼女のパリ時代のあたりは、読むのがちょっと辛かった……。

やがて、シリルの友人からパリでソファイアに会ったことを教えられたコンスタンスは妹に手紙を書き、ソファイアは下宿を高値で売り払い、バーズリーの実家に住み続けている姉のもとに約三十年ぶりに帰ってきて、一緒に暮らし始めます。
しかし、長年別々に暮らしてきて、性格も全く違う姉妹の同居は平穏無事というわけにはいきません。バーズリーの町と薄暗く古臭い実家に固執して旅行に行こうともしないコンスタンスの田舎者根性に、ソファイアは苛立ちを覚え、家から離れて見聞を広めるようにせっつきます。イライラさせられる気持ちはわからなくもないのですが、今の人生に満足している人間に対してそれまでの暮らしを変えさせようとするのは、おせっかいでしかないと思う。だいたい、パリに行って世間をさんざん見てきたソファイアの人生が、視野が狭いとされるコンスタンスの人生に比べて、より豊かなものだったと言えるのだろうか?(フランスではソファイアもイギリスの島国根性丸出しだし)
より性格の強いソファイアに自分の家を仕切られ、無理矢理旅行にも連れ出されたコンスタンスはついに、「私を抑えつけようとしないでちょうだい! 私を変えようとしないで!」と感情を爆発させます。これには、コンスタンスに同情してしまう。
しかし、それでも別れたりせずに、小さな不満を抱えながらも同居を続ける老姉妹。やがて、ソファイアが先立ち、コンスタンスは妹の生涯は不幸なものだったと回想します。「ソファイアの一生は役に立たず、天性の特質がむだになった」、駆け落ちという犯した罪の報いを受けなければならなかったのだと(妹の人生を自分の価値観で見ているわけです。生前のソファイアも自分の価値観を姉に押し付けていたので、おあいこよね)。ソファイアの人生、そしてさらに一年後に病死するコンスタンスの人生をどう思うかは、読者によってそれぞれ違うことでしょう。

この小説は、二人の女性の生涯の物語であるとともに、ヴィクトリア朝における一つの産業都市の移り変わりを描いた作品でもあります。物語の舞台となっている町バーズリー(「五つの町」のひとつ)は、ベインズ姉妹の娘時代は活気があって商売も繁盛していましたが、鉄道が開通するにしたがって隣の大きな町に客を取られ、昔ながらの商店は衰退していきます。さらに、コンスタンスが死を迎えるころには、「五つの町」の他の町とともに合併されようとしてしまうのです。
また、家庭を中心に活動する女性たちが主人公であるために、地方の中産階級の日常生活もなかなか細かく描写されています。しかし、その日常生活に登場するベインズ家のメイドたちは、なんだか気の毒でした。みんな頭の弱い・思慮の足りない人物として描かれているし、ベインズ姉妹からも同じ人間として扱ってもらえず、最初から「女の一生」の舞台にも上がらせてもらえていない、って感じで……。

ところで、アマゾンで「アーノルド・ベネット」で検索すると、時間の使い方やら生き方がどうのこうのという自己啓発本(?)がぞろぞろ出てきます。これ、同姓同名の別人ではなくて、この小説の著者と同一人物みたいです。時間術とか100年近く前の本でも、現代で通用するんですねー。へえ。

2008.12.14 23:19 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 12. 06

読書中の本 『二人の女の物語』

数日前から、アーノルド・ベネット 『二人の女の物語』 (岩波文庫、全3冊) を読んでいます。1908年の作品。
ヴィクトリア朝中期から後期にかけて、イングランド中西部スタフォドシャーの「五つの町」(ファイヴ・タウンズ:ベネットの故郷で、著作のほとんどはここを舞台にしているらしい)を背景に、若い二人姉妹が年を取って老いていくのを描いた小説……のようです。

バーズリーの町でいちばん繁盛している呉服屋のベインズ家。しかし、主人のジョン・ベインズは病気で寝たきりになっており、ベインズ夫人と男性店員サミュエル・ポヴィが店を切り回していた。
ベインズ家には二人の娘がいた。おとなしくて堅実な姉コンスタンスと、気性が激しく美しい妹ソファイア。ベインズ夫人は二人に今通っている学校を退学させ、将来店を任せられるように家業の見習いをさせようと考える。しかし、店を手伝うのが嫌なソファイアは学校の教師になると言い出し、母親を困らせる。
それから二年後、望み通り教師の職についていたソファイアは、店にやってきた卸商のハンサムな外交員ジェラルド・スケールズに一目惚れする。しかし、ソファイアがスケールズに夢中になって目を放した隙に、一人きりで放って置かれた病気の父親がベッドからずり落ちて死んでしまい、罪の意識にかられたソファイアは教師を辞めて店の手伝いを始める。が、結局、スケールズと駆け落ちしてしまう。
一方、コンスタンスはポヴィ氏と結ばれ、ベインズ夫人は店を娘夫婦に任せて、同じく未亡人である姉と一緒に暮らすために家を出て行く。

ここまでが上巻のあらすじ。
若い女性の平凡な生活を描いているだけあって、日常の生活描写が結構細かく、地方の中産階級の暮らしぶりが窺えます。
訪問客にお茶を出すときに、「メイドがお盆に茶道具を載せて持ってくる→ベインズ夫人が鍵束から鍵を出して茶壷の鍵を外す→紅茶の葉をポットに移してまた茶壷に鍵をかける→お茶を入れるためにメイドが盆を持って下がる」ところだとか。


二人の女の物語 上 (岩波文庫 赤 252-2)
アーノルド・ベネット / 岩波書店

「老妻物語」として知られるイギリスの作家ベネットの代表作。作者の故郷「五つの町」を舞台に、二代にわたる女の生涯を、伝統的なユーモアと円熟した筆致で描く。 (カバー折込より)

2008.12.06 22:33 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 11. 08

『とどめの一撃』 ユルスナール

Le Coup De Grace (1939)
マルグリット・ユルスナール / 岩崎力 訳 / 岩波文庫
[ Amazon ]

「エリック! なんて変ったんでしょう!」ともに少年期を過ごした館に帰り着いたエリック、コンラートのふたりを迎えたのはコンラートの姉ソフィーだった。第一次世界大戦とロシア革命の動乱期、バルト海沿岸地方の混乱を背景に3人の男女の愛と死のドラマが展開する。フランスの女流作家ユルスナール(1903-87)の傑作。 (表紙より)

第一次大戦直後、バルト海沿岸諸国での反ボルシェヴィキ闘争に身を投じたプロシャ人の青年エリックは、少年時代のひと夏を過ごしたラトヴィアの片田舎クラトヴィツェにやってきて、そのときの友人コンラートに再会する。戦闘地帯にある彼の屋敷は志願兵たちの兵舎として接収されていたが、そこではコンラートの姉ソフィーも暮らしていた。ソフィーはエリックを情熱的に愛し、狂おしく追い求めるのだが、エリックはそれに応えることができず……。

話はさほど好きではないけれど、人間ドラマ・心理劇を無駄なく的確に浮き彫りにする著者の技巧に感嘆させられる小説というのがときどきあります。この 『とどめの一撃』 もそのひとつ。
ストーリーだけ取り出せば劇的な愛憎ドラマになりそうだけど、なんか違うんだよね。もっと寒々と、ヒリリとしている。

非常にくわしい序文(という名の、「こう読め」という細かい指定)もついているので、わかりにくい話ではないと思う。
この小説で特におもしろいな、と思ったのは、「三人」のうちの一人であるコンラートの描写がソフィーに比べて圧倒的に少ないこと。そのためにかなり影が薄く感じられるのだけど、著者が序文で指摘しているように、コンラートが重要な人物ではないからではない。しかし、エリックのコンラートへの数少ない言及には彼の性格に対する苛立ちが目立つので、エリックはそんなコンラートの一体どこを愛しているんだろうとも思ってしまう。
エリックの愛を得られない絶望とあてつけに次々と別の男たちに身をまかせるソフィーの情熱も、私にはちょっと理解しがたいなあ……。

2008.11.08 10:48 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 11. 03

『ジーヴスと封建精神 ウッドハウス・コレクション(9)』

Jeeves and the Feudal Spirit (1954)
P・G・ウッドハウス / 森村たまき 訳 / 国書刊行会
2008-09
[ Amazon ]

ダリア叔母さんからブリンクレイ・コートに呼ばれたバーティー。叔母さんは、資金難に陥った「ミレディス・ブドワール」をリヴァプールの新聞王L・G・トロッターに売りつけるべく、接待の真っ最中。バーティーの役目は、フローレンス・クレイに恋煩い中のトロッターの継子パーシー・ゴリンジの気を晴らすこと。一方、フローレンスと婚約中のスティルトン・チーズライトは、彼女とバーティーの仲を激しく疑っており……。

このシリーズのカップルたちは婚約したらさっさと結婚してしまったほうが世のため(って言うかバーティーのため)だ、と常々思っていたのですが、本作を読むと、そうとも限らなかったようだ。
この作品では、バーティーがレックス・ウェストなる架空の推理小説作家の『ピンクのザリガニの謎』に、ダリア叔母さんがアガサ・クリスティーに夢中になっているなど、探偵小説作家への言及がところどころに見られます。訳者あとがきによると、ウッドハウスは「人生後半の半世紀、年間150冊ペースでミステリーを読んでいた」そうで(!)、「この分野でのトップ5はクリスティー、スタウト、ナイオ・マーシュ、パトリシア・ウェントワース、シリル・ヘアーであるとの確固たる見解を持つに至ったという」。マーシュが入っているのが嬉しいな。しかし、レックス・ウェストの件では、私は詩人と探偵小説作家の二足のわらじということでニコラス・ブレイクを連想したのですが……(桂冠詩人とヘナヘナ詩人という大きな違いはあるけど)。

国書のジーヴスものはこれでいったん打ち止めなのかな、と思ったら、巻末の刊行リストに 『ジーヴスの帰還』 が追加されていますねー。
[追記] 文藝春秋のほうの4冊目は12月上旬に出るみたいです。
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refBook=978-4-16-327740-0&Sza_id=MM


「ジーヴス・シリーズ登場人物リスト」に本書の分を追加してあります。

* Tag : P・G・ウッドハウス  

2008.11.03 22:46 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 09. 10

『ラークライズ』 フローラ・トンプソン

Lark Rise (1939)
フローラ・トンプソン / 石田英子 訳 / 朔北社
2008-08
[ Amazon ]

1880年代イギリスの農村。オクスフォード州の寒村で営まれている、豊かではないが、我が身の働きによって暮らす人々の満ち足りた生活を、少女の溢れる詩情と好奇心を通して描く。イギリスで高校生の必読書とされ、長く読み継がれてきた古典的作品。 (帯より)

主人公の少女ローラや舞台となる小さな村ラークライズは架空の存在だけど、著者の幼少期をもとにして書かれた三部作の一作目。
ストーリーみたいなものはほとんどなくて、自伝というか回想というか、「ヴィクトリア朝後期(1880年代)のイギリスの農村の暮らし」の資料集の文学版って感じ。衣食住を始め、村や住人の様子、農作業、学校、教会、結婚妊娠出産子育て、日々の娯楽やお祭り行事などなど、テーマ分けされて、とにかく詳細に描写されている。住人のほとんどは小作農で、少年は12くらいで学校を卒業すると農場で働き始め、少女はメイドとして働きに出て結婚したら家事とひっきりなしの子育てに追われる、というのが定番だったようで、それについてもとても詳しく説明されている。
著者が実際に体験したことや見聞きしたことに基づいて書かれており、ローラ(=少女時代の著者)が周囲の人々を冷静に観察しているところがおもしろい。村の人々のほとんどは貧しく、それを示すエピソードも多く含まれているのだけど、私が勝手に想像していたよりものどかな暮らしぶりが伝わってくる。
しかし、著者がここまで事細かに書き残したということは、このような農村生活は執筆当時(1930年代)にはもう見られなくなっていたんだろう。「人々は今より貧しく、楽しみや娯楽も、知識も少なかった。でも彼らは今の人よりも幸せだったのだろう。(p79)」という懐古趣味めいた文章がそこかしこに顔を出す作品でもある。(私自身は、どの時代の人間が幸せだったかなんて話はナンセンスだと思っている。どの時代にだって、その時代なりの幸せもあれば不幸もあるのだから)

『赤毛のアン』 とほぼ同じ時代の話なので(アン1作目の物語背景は1870~80年代)、イギリスの田舎とカナダの田舎の生活を比べてみたりできるのもおもしろかった。まあ、自作農と小作農の違いもあってか、アヴォンリーの人々のほうがよっぽど裕福な生活を送っているんだけど。(訳者あとがきによれば「アメリカの開拓時代の生活を描いたローラ・インガルス・ワイルダーのアメリカのローラの物語に対し、イギリスのローラの物語とも呼ばれているそうです」ということだけど、「大草原の小さな家」シリーズは読んでいないので、そっちとは比べられないや)

この 『ラークライズ』 から始まる三部作は、今年初めにBBCで連続ドラマ化されています。
BBC - Drama - Lark Rise to Candleford
http://www.bbc.co.uk/drama/larkrise/

* Tag : 歴史/時代もの  

2008.09.10 18:30 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 06. 05

『ウースター家の掟 ウッドハウス・コレクション(4)』

Amazon.co.jp で詳細を見るThe Code of the Woosters (1938)
P・G・ウッドハウス / 森村たまき 訳 / 国書刊行会
[ Amazon ]

婚約者マデラインの実家トトレイ・タワーズに滞在中のガッシーから、仲違いをしたので助けてくれという電報をもらったバーティー。さらに、ダリア叔母さんから、マデラインの父親サー・ワトキン・バセットに横取りされたトム叔父さんのウシ型クリーマーを奪取すべく脅迫命じられる。かくしてトトレイ・タワーズに赴くことになったのだが、治安判事のサー・ワトキンはバーティーを窃盗の常習犯だと思い込んでいて……。

ウッドハウス・スペシャル新刊の 『エッグ氏、ビーン氏、クランペット氏』 が少し前に出ていますが、ジーヴスもので一冊だけ読み残していたこちらを先に読みました。
『よしきた、ジーヴス』 に続く、長編3作目。
うーむ、ジーヴスものはやっぱり長編よりも短編のほうが好きだなー。特にこの作品は、終盤のカタルシスが足りない……。今回は、ジーヴスのお手柄というよりも、ジュニア・ガニュメデ・クラブのお手柄だもんねえ。しかし、このクラブって、ホント、恐怖の団体だわ(笑)。

ジーヴス・シリーズ登場人物リストに、本書の分を追加しました。
http://www012.upp.so-net.ne.jp/carameltea/book/jeeves.html
これで、既刊分すべて埋まった~。
しかし、国書刊行会版は、翻訳順と原書刊行順がバラバラになっているので、作中の時系列がちょっとこんがらがってきてしまいました……(例えば、4番目に出たこの 『ウースター家の掟』 は6番目に出た長編 『サンキュー、ジーヴス』 よりも後の話なんですよね)。登場人物リストのあとに、原書刊行順リストを載せておきましたが、やっぱりややこしいなあ。もっとわかりやすく出来ないか、また考えてみないと。

* Tag : P・G・ウッドハウス  

2008.06.05 23:44 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 05. 30

『歓楽の家』 イーディス・ウォートン

ああ、やっと読み終わった……。
途中で気がついたんですが(遅いよ)、なかなか進まなかったのは、ニューヨーク社交界の情景描写の部分に興味を持てなかったからなんだろうなー。
公爵夫人と食事をするので大騒ぎ、誰のパーティーがいちばん盛況かで競い合い、大金を賭けたブリッジ遊び、そして男女関係のゴタゴタ……etc。
そのつまらなさが、20世紀初頭のニューヨークの上流社会の空虚さ・不毛さをそのまま写し取っていることから来ているとすれば、その点ではウォートンは大成功していると言える。

前回 の続き。
お金持ちの夫を得ようとするリリーですが、実は彼女には惹かれている男性がいます。
旧知の間柄の青年、弁護士ローレンス・セルデンです。
彼と一緒にいると、素直な気持ちになれ、「本物のリリー・バード」でいられる気がするのです。
と同時に、自分のしていることの虚しさを実感させられるような気がして、リリーはセルデンを恐れてもいます。
セルデンは裕福ではないので、リリーは彼を結婚相手としては考えられません。
彼もまた、リリーの求めているものを自分には与えることができないとわかっており、さらにある誤解がもとで、リリーから離れていってしまいます……。

前回は軽いノリで書いてしまったけれど、実際はかなり気が滅入る小説です。
グライス青年に逃げられてしまったリリーは、ブリッジで作った借金にまつわるイザコザもあり、既婚男性たちから寄せられた恋慕が元で、男女関係のスキャンダルに巻き込まれてしまいます。
そのせいで後見人だった伯母の遺産相続人から外され、最上級の社交界から追い出されて、新興成金の社交界、さらに底辺の社交界へと転落していき、最後には上流婦人向けの帽子店のお針子として働かなければならなくなります。そこで自分の無力さを思い知らされたリリーは、夜眠れなくなって睡眠薬に頼るようになり、やがて……。

訳者あとがきで、リリーは「環境の価値観の犠牲者」と呼ばれています。
彼女は「美しい飾りとなり、人の心を楽しませるように作られてきた」「人に見せるために栽培された何かの珍しい名花」、つまり有利な結婚をして女主人として君臨するためだけに育てられてきたのだから。
身分のある女性が生きていくためには結婚するしかない、というのはジェーン・オースティンの時代と変わっていないのね。
その反面、自分で自分の人生を切り開いていけない・自分の人生の責任が持てないということの表明であり、言い訳のようにも思える。
与えられた価値観を甘受する受け身の立場であり続けたことが、リリーの悲劇なんでしょう。
もっとも、遅すぎたとは言え、最後にリリーが今までとは違った価値基準で世の中を見ることができたのが、ほんのわずかな小さな救いなのだけれど。


Amazon.co.jp で詳細を見る

歓楽の家 (アメリカ女性作家 名作ギャラリー)
The House of Mirth (1905)
イーディス・ウォートン / 佐々木みよ子・山口ヨシ子 訳 / 荒地出版社

「18歳で華々しく社交界にデビューしたリリーは、夜更かしとダンスに明け暮れた11年を経て、29歳の誕生日を迎えたが…。リリーの下降転落の傷ましい過程をたどる。19世紀末アメリカ上流社会の破滅的世界を描く。 (「MARC」データベースより)」

2008.05.30 22:50 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 05. 24

読書中の本 『歓楽の家』

イーディス・ウォートンの 『歓楽の家』 を読書中なんですが、なかなか進まず……。
数日前から読んでるのに、まだ半分までしか行ってないよ。
なぜか一度にちょっとずつしか読めない。おもしろくないわけではないんだけど。
ただ、翻訳がかなり読みづらいというのはあります。直訳気味だし、読点多用しすぎで。

舞台は、19世紀の終わりから20世紀初めにかけてのニューヨークの上流社会。
節約や貧乏生活を忌み嫌う主人公のミス・リリー・バート。しかし、18歳で華々しく社交界にデビューした直後、彼女の父親が破産してしまいます。
贅沢な生活を続けるためには、お金持ちの男性と結婚するしかありません。ならば、私の美貌と頭脳を駆使して、それを成し遂げてみせるわ、と決心するリリー。
しかし……あれ? あれれ?
いつの間にやら11年が経ち、リリーも29歳。だけど未だに「ミス・バート」のまま。
彼女より容姿も頭脳も劣る娘たちが、次々と金持ちの男をつかまえて結婚していっているというのに……。

焦りはじめたリリーの、計算まみれの行動がおもしろい。
彼女が白羽の矢を立てたのは、ウブな金持ち青年グライス(オタク気質のマザコン坊や)。
列車でグライス青年と乗り合わせた彼女は、「優しい家庭的なお嬢さん」路線で攻めていくことに。
しかし、途中から列車に乗り込んできた知り合いのミセス・ドーセットの一言が、それをぶち壊してくれます。
「リリー、こんな時間では、タバコは一本も残っていないでしょうね」
え、ミス・バートってタバコ吸うの?と驚いた顔でリリーを見る、非喫煙者のグライス青年。
リリーが2007年の人間だったら、「ミセス・ドーセット、KY!」と心の中で叫んでいたに違いない。

列車で向かった先は、友人のミセス・トレナーの屋敷。滞在客のなかにはグライス青年もいます。
彼にアピールをし続けるリリーは、信仰すら利用します。
日曜日の朝に教会へ行く一行に加わって、子供の頃から教会にきちんと通い続けているとほのめかし、「信仰心の篤い家庭的なお嬢さん」を演出。本当は信仰心なんて欠片もないのに。
あまりの計算高さに思わず笑っちゃった。
「もうタバコは吸わない!ノンスモーキングで好感度アップ大作戦」「毎日曜日の教会通いで信心家の彼のハートをゲット☆」とか、ファッション雑誌の見出しになりそうだ。

ただ、その計算高さが結果に結びつかず、さらに賭けブリッジで作った借金の問題などもあって、リリーはこの後、どんどん坂道を転がり落ちていくようですが……。

2008.05.24 23:17 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

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読んだ本の感想メモ、気になる本の情報など。翻訳小説が中心です。特に好きなのは、海外古典ミステリと19世紀イギリス文学。
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