* Caramel Tea *

Reading Diary

2008. 06. 05

『ウースター家の掟 ウッドハウス・コレクション(4)』

Amazon.co.jp で詳細を見るThe Code of the Woosters (1938)
P・G・ウッドハウス / 森村たまき 訳 / 国書刊行会
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婚約者マデラインの実家トトレイ・タワーズに滞在中のガッシーから、仲違いをしたので助けてくれという電報をもらったバーティー。さらに、ダリア叔母さんから、マデラインの父親サー・ワトキン・バセットに横取りされたトム叔父さんのウシ型クリーマーを奪取すべく脅迫命じられる。かくしてトトレイ・タワーズに赴くことになったのだが、治安判事のサー・ワトキンはバーティーを窃盗の常習犯だと思い込んでいて……。

ウッドハウス・スペシャル新刊の 『エッグ氏、ビーン氏、クランペット氏』 が少し前に出ていますが、ジーヴスもので一冊だけ読み残していたこちらを先に読みました。
『よしきた、ジーヴス』 に続く、長編3作目。
うーむ、ジーヴスものはやっぱり長編よりも短編のほうが好きだなー。特にこの作品は、終盤のカタルシスが足りない……。今回は、ジーヴスのお手柄というよりも、ジュニア・ガニュメデ・クラブのお手柄だもんねえ。しかし、このクラブって、ホント、恐怖の団体だわ(笑)。

ジーヴス・シリーズ登場人物リストに、本書の分を追加しました。
http://www012.upp.so-net.ne.jp/carameltea/book/jeeves.html
これで、既刊分すべて埋まった〜。
しかし、国書刊行会版は、翻訳順と原書刊行順がバラバラになっているので、作中の時系列がちょっとこんがらがってきてしまいました……(例えば、4番目に出たこの 『ウースター家の掟』 は6番目に出た長編 『サンキュー、ジーヴス』 よりも後の話なんですよね)。登場人物リストのあとに、原書刊行順リストを載せておきましたが、やっぱりややこしいなあ。もっとわかりやすく出来ないか、また考えてみないと。

* Tag : P・G・ウッドハウス  

2008.06.05 23:44 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 05. 30

『歓楽の家』 イーディス・ウォートン

ああ、やっと読み終わった……。
途中で気がついたんですが(遅い)、なかなか進まなかったのは、ニューヨーク社交界の情景描写の部分に興味を持てなかったからなんだろうなー。
公爵夫人と食事をするので大騒ぎ、誰のパーティーがいちばん盛況かで競い合い、大金を賭けたブリッジ遊び、そして男女関係のゴタゴタ……etc。
そのつまらなさが、20世紀初頭のニューヨークの上流社会の空虚さ・不毛さをそのまま写し取っていることから来ているとすれば、その点ではウォートンは大成功していると言える。

前回の続き。
お金持ちの夫を得ようとするリリーですが、実は彼女には惹かれている男性がいます。
旧知の間柄の青年、弁護士ローレンス・セルデンです。
彼と一緒にいると、素直な気持ちになれ、「本物のリリー・バード」でいられる気がするのです。
と同時に、自分のしていることの虚しさを実感させられるような気がして、リリーはセルデンを恐れてもいます。
セルデンは裕福ではないので、リリーは彼を結婚相手としては考えられません。
彼もまた、リリーの求めているものを自分には与えることができないとわかっており、さらにある誤解がもとで、リリーから離れていってしまいます……。

前回は軽いノリで書いてしまったけれど、実際はかなり気が滅入る小説です。
グライス青年に逃げられてしまったリリーは、ブリッジで作った借金にまつわるイザコザもあり、既婚男性たちから寄せられた恋慕が元で、男女関係のスキャンダルに巻き込まれてしまいます。
そのせいで後見人だった伯母の遺産相続人から外され、最上級の社交界から追い出されて、新興成金の社交界、さらに底辺の社交界へと転落していき、最後には上流婦人向けの帽子店のお針子として働かなければならなくなります。そこで自分の無力さを思い知らされたリリーは、夜眠れなくなって睡眠薬に頼るようになり、やがて……。

訳者あとがきで、リリーは「環境の価値観の犠牲者」と呼ばれています。
彼女は「美しい飾りとなり、人の心を楽しませるように作られてきた」「人に見せるために栽培された何かの珍しい名花」、つまり有利な結婚をして女主人として君臨するためだけに育てられてきたのだから。
身分のある女性が生きていくためには結婚するしかない、というのはジェーン・オースティンの時代と変わっていないのね。
その反面、自分で自分の人生を切り開いていけない・自分の人生の責任が持てないということの表明であり、言い訳のようにも思える。
与えられた価値観を甘受する受け身の立場であり続けたことが、リリーの悲劇なんでしょう。
もっとも、遅すぎたとは言え、最後にリリーが今までとは違った価値基準で世の中を見ることができたのが、ほんのわずかな小さな救いなのだけれど。


Amazon.co.jp で詳細を見る歓楽の家 (アメリカ女性作家 名作ギャラリー)
The House of Mirth (1905)
イーディス・ウォートン / 佐々木みよ子・山口ヨシ子 訳 / 荒地出版社

「18歳で華々しく社交界にデビューしたリリーは、夜更かしとダンスに明け暮れた11年を経て、29歳の誕生日を迎えたが…。リリーの下降転落の傷ましい過程をたどる。19世紀末アメリカ上流社会の破滅的世界を描く。 (「MARC」データベースより)」

2008.05.30 22:50 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 05. 24

読書中の本 『歓楽の家』

イーディス・ウォートンの 『歓楽の家』 を読書中なんですが、なかなか進まず……。
数日前から読んでるのに、まだ半分までしか行ってないよ。
なぜか一度にちょっとずつしか読めない。おもしろくないわけではないんだけど。
ただ、翻訳がかなり読みづらいというのはあります。直訳気味だし、読点多用しすぎで。

舞台は、19世紀の終わりから20世紀初めにかけてのニューヨークの上流社会。
節約や貧乏生活を忌み嫌う主人公のミス・リリー・バート。しかし、18歳で華々しく社交界にデビューした直後、彼女の父親が破産してしまいます。
贅沢な生活を続けるためには、お金持ちの男性と結婚するしかありません。ならば、私の美貌と頭脳を駆使して、それを成し遂げてみせるわ、と決心するリリー。
しかし……あれ? あれれ?
いつの間にやら11年が経ち、リリーも29歳。だけど未だに「ミス・バート」のまま。
彼女より容姿も頭脳も劣る娘たちが、次々と金持ちの男をつかまえて結婚していっているというのに……。

焦りはじめたリリーの、計算まみれの行動がおもしろい。
彼女が白羽の矢を立てたのは、ウブな金持ち青年グライス(オタク気質のマザコン坊や)。
列車でグライス青年と乗り合わせた彼女は、「優しい家庭的なお嬢さん」路線で攻めていくことに。
しかし、途中から列車に乗り込んできた知り合いのミセス・ドーセットの一言が、それをぶち壊してくれます。
「リリー、こんな時間では、タバコは一本も残っていないでしょうね」
え、ミス・バートってタバコ吸うの?と驚いた顔でリリーを見る、非喫煙者のグライス青年。
リリーが2007年の人間だったら、「ミセス・ドーセット、KY!」と心の中で叫んでいたに違いない。

列車で向かった先は、友人のミセス・トレナーの屋敷。滞在客のなかにはグライス青年もいます。
彼にアピールをし続けるリリーは、信仰すら利用します。
日曜日の朝に教会へ行く一行に加わって、子供の頃から教会にきちんと通い続けているとほのめかし、「信仰心の篤い家庭的なお嬢さん」を演出。本当は信仰心なんて欠片もないのに。
あまりの計算高さに思わず笑っちゃった。
「もうタバコは吸わない!ノンスモーキングで好感度アップ大作戦」「毎日曜日の教会通いで信心家の彼のハートをゲット☆」とか、ファッション雑誌の見出しになりそうだ。

ただ、その計算高さが結果に結びつかず、さらに賭けブリッジで作った借金の問題などもあって、リリーはこの後、どんどん坂道を転がり落ちていくようですが……。

2008.05.24 23:17 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 02. 16

『五月の霜』 アントニア・ホワイト

Amazon.co.jp で詳細を見るFrost in May (1933)
アントニア・ホワイト / 北條文緒 訳 / みすず書房
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父親と共にカトリックに改宗した九歳の少女ナンダ・グレイは、「キリストの五傷修道院」付属の学校へ入学する。そこは代々続くカトリックの名家の令嬢たちが集まる寄宿女学校だった。宗教の厳格な規律に則った学校生活を送るナンダは、時おり学校のやり方に疑問を覚えつつもカトリック信仰に没頭していくが、やがて信仰の求める「無私」と強い自我の板ばさみになって苦しむようになる……。

この小説は、著者アントニア・ホワイトの実体験に基づいたものなんだそうです。寄宿女学校での宗教行事・授業・日常生活の描写がかなり細かく書き込まれているんですが、著者が送った学校生活の再現そのままなんでしょうね。
カトリックの寄宿女学校という特殊な場所が舞台ではあるものの、ナンダのように何かに激しく熱中しやすい(喜びも大きければ悲しみも大きい)タイプの少女は、どんな環境であっても多かれ少なかれ壁にぶつかりやすいと思うので、信仰の問題以外の部分はもっと普遍的な「少女のスクール・ストーリー」として読めるんじゃないかなあ。
(実は私も、中高の6年間カトリック系の女子校に通っていたんですが、進学校ぽかったせいか、宗教色が薄く、生徒の自立を促すというかあまり干渉しないで自主性に任せるといった感じの学校だったなあ……)

「イギリスにおけるカトリックへの改宗」というのは、去年イヴリン・ウォー 『ブライヅヘッドふたたび』 やグレアム・グリーン 『情事の終り』 などを読んだこともあって、ちょっと興味を持っています。近代イギリスではカトリック教徒はマイノリティで、長らく迫害の対象でもあったわけですが、プロテスタント(英国国教会)からカトリックに改宗した人も結構多いんですよね。ウォーとグリーンの他にも、オスカー・ワイルドとか、推理小説関連だとノックスやチェスタートンとか(最近ではブレア前首相の改宗もニュースになりましたね)。結婚相手がカトリックだからという理由で改宗した人もいるようですが、他の人々はカトリックの何にひかれたのか。アントニア・ホワイトも後年、長らく離れていたカトリック教会に戻ったんだそうで、寄宿学校での辛い経験にも関わらず、カトリックは「負」ではないものを彼女の心に強く残したということなんでしょうか。

2008.02.16 23:02 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 01. 28

『オーランドー』 ヴァージニア・ウルフ

Amazon.co.jp で詳細を見るOrlando: A Biography (1928)
ヴァージニア・ウルフ / 杉山洋子 訳 / 国書刊行会
世界幻想文学大系39
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(左の表紙画像とリンク先はちくま文庫版)

オーランドーとは何者? 36歳の女性にして360歳の両性具有者、エリザベス1世お気に入りの美少年、やり手の大使、ロンドン社交界のレディ、文学賞を受賞した詩人、そしてつまりは…何者? 性を超え時代を超え、恋愛遍歴を重ね、変化する時代精神を乗りこなしながら彼/彼女が守ってきたもの。奇想天外で笑いにみちた、再評価著しいウルフのメタ伝記。 (ちくま文庫版の内容紹介より)

読んでいる最中はあまりページが進まなかったのですが、読み終えて振り返ってみると、おもしろかったなあ、と。
少しずつ年を取りながらエリザベス1世の時代からずっと生きてきて、さらに途中(30歳のとき)まで男性だったのにある日目覚めてみたら女性になっていたオーランドー。伝記風に書かれたオーランドーの人生を通して、エリザベス朝から1928年(作品が発表された年)までの360年間のイギリスの歴史と時代が移り変わりゆく様を眺めるような感じで、そのなかに各時代の文化・社会批評や文学批評などが盛り込まれています。さらにオーランドーが男であること・女であることの両方を経験し、双方の感情を理解できる立場になったことから、男女論のようなものも繰り広げられます。まあとにかく様々な事柄についてのウルフの見解が詰め込まれていて、それらがウルフのおしゃべりのごとく少々饒舌にユーモラスに語られるのが楽しかったです。それに、オーランドーが超越したような存在ではなく、その時その時の風潮に影響を受けがちである(書いている詩の文体・内容も変化していく)ところも、なかなかおもしろかったな。
(ところで、社会風刺のなかでも特にヴィクトリア朝が槍玉に挙げられていたのは、モダニズムの作家であったウルフにとっては、やはり好きになれない時代だったのかな〜)

この作品は、ウルフの恋人だったヴィタ・サックヴィル=ウェスト(有名な庭―シシングハースト庭園を造った人ですね。私にとってはそっちの印象のほうが大きいや)に捧げられていて、オーランドーはこのヴィタがモデルなんだそうです。さらに、エリザベス1世の親戚かつお気に入りの臣下であったり、大使となって異国へ出向いたり、というオーランドーの経歴は、ヴィタの生家で英国貴族だったサックヴィル家の先祖たちのものの組み合わせなのだとか。(オーランドーの住む館もサックヴィル家の大邸宅ノールがモデル)

このように、イギリスの文学史でもあり、社会史でもあり、ジェンダー文学でもあり、ヴィタの伝記でもあり、サックヴィル家の伝記でもあり、それ以外にも様々な要素が重ねあわされていて、奇想天外でにぎやかな物語でした。

2008.01.28 19:44 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2008. 01. 20

『ジーヴスと恋の季節 ウッドハウス・コレクション(8)』

Amazon.co.jp で詳細を見るThe Mating Season (1949)
P・G・ウッドハウス / 森村たまき 訳 / 国書刊行会
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アガサ伯母さんの命によって、五人のおばさんがひしめき合うキングズ・デヴリルのデヴリル・ホールへ赴き、村のコンサートに出演することになったバーティー。そこでは、友人キャッツミート、その妹で映画女優のコーキー、屋敷の若当主エズモンド・ハドック、その従姉妹のガートルード、さらにガッシーとマデラインなど、四組のカップルの恋愛が進行中だった。しかし、ある事情からバーティーと友人たちはお互いの立場を交換してデヴリル・ホールへ乗り込むことになり……。

"The Mating Season" って直訳してみると身も蓋もない原題だなー(笑)。 まあその題のとおり、四組のカップル(+α)の恋愛模様がこんがらがりまくり、それをジーヴスが見事解決するお話です。
あいかわらず、友達思いゆえに困ったはめに陥るのが気の毒なバーティー(もっとも彼自身が事態をさらにややこしくしたりするわけですが)。で、最後のオチもいつものアレかと思いきや……うおお、すごく気になる終わり方だ〜。その先が読みたいです、ウッドハウス先生! でも、やはりあそこで終わってこそですよね、ウッドハウス先生!
あの後どうなったのかな〜。バーティーのためには、うまくいったと思いたいですが……でも、バーティーはバーティーだからなあ……(笑)。
あと、ドブズ巡査に関する件で、バーティーがジーヴスに対して心中密かに恐怖をおぼえる場面にウケた(笑)。


※ ジーヴス・シリーズ登場人物リストに、本書の分を追加しました。
http://www012.upp.so-net.ne.jp/carameltea/book/jeeves.html

* Tag : P・G・ウッドハウス  

2008.01.20 15:29 | Comments(4) | Trackback(1) | 海外文学-20世紀前半

2007. 12. 30

『レベッカ [新訳]』 ダフネ・デュ・モーリア

Amazon.co.jp で詳細を見るRebecca (1938)
ダフネ・デュ・モーリア / 茅野美ど里 訳 / 新潮社
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マンダレーに嫁いだわたしは、大邸宅に死後も君臨する先妻レベッカの影におののき、家政婦頭の強烈な敵意に打ちのめされる――。満を持しての新訳は、貴族社会に紛れ込んだ若い女性がパニックに陥りながらも成長していく姿を活き活きと伝え、ヒッチコックの名画にはない真のクライマックスを鮮やかに描く。21世紀の『レベッカ』決定版。 (出版社の内容紹介より)

5月に出た 『レベッカ』 の新訳です。
上記の出版社の内容紹介文や、「ひたむきなわたしの成長物語」「もしあなたが21歳で、いきなり貴族社会に紛れ込んだら…」「夫は“愛している”とひとことも言ってくれなかったら…」「ひたむきな愛の物語」という帯の文句からして、ロマンチックな側面を強調しているようなのですが……。
この作品は、主人公の“わたし”に共感し、感情移入して読むことも可能です。私も以前はそうでした。でも最近、デュ・モーリアの他の作品(特に短編)を読んで、この作品も本当に「ロマンチックな物語」と言えるのだろうかと思うようになってきました。デュ・モーリア本人はもっと醒めた視線で書いているのではないかと……。そう思って読むと、いろいろ「歪み」が見えてくるような気がします。例えば、“わたし”が完璧だったレベッカと比べられることに苦しむところ。実際に周囲の人々は“わたし”とレベッカを比べるのですが(「レベッカ>>>“わたし”」という意図はなく)、それ以上に“わたし”は自分の空想の中で、周囲の人々に自分とレベッカを比べさせ、自分を劣った存在と評価させているのです。根拠のない妄想によって、自分をマイナスの方向へと追い込んでしまっているわけですが、その空想というのが暴走気味というか、これまた妙に活き活きとしたものなんですよね……。あと他には、「ヒッチコックが映画で描けなかった真のクライマックス」というのも、それに当てはまるかな。


ところで、訳でちょっと気になったところが。仮装舞踏会の終盤の場面です。

 楽団が『蛍の光』を演奏しはじめた。(中略)「蛍の光 窓の雪」とわたしたちはうたった。 (P344)

旧訳(大久保康雄訳・新潮文庫)では下のようになっています。

 楽隊は、「オールド・ラング・サイン」を演奏しはじめた。(中略)「などか古き友を忘るべき」と、わたしたちはうたった。 (下巻P117)

調べてみたところ、「オールド・ラング・サイン(Auld Lang Syne)」はスコットランドの民謡で、親しい仲間と宴会をしたときに最後に再会を誓って歌う曲。「蛍の光」は、そのメロディに日本語の歌詞をつけたもので、別れの曲として知られている。
この場合、パーティーの締めの定番として歌っているので、「蛍の光」としてしまうと訳しすぎなのではないでしょうか。「蛍の光 窓の雪」という歌詞もチグハグだし、イギリス人のパーティーが日本の学校の卒業式に早変わりしてしまう……。


※ クンツェ&リーヴァイによるウィーン・ミュージカル「Rebecca」の日本版公演(2008年4〜6月 シアタークリエにて)のサイト ↓
http://www.tohostage.com/rebecca/index.html


[追記] 2008年2月に文庫版(上下巻)が出るようです。単行本の刊行から一年足らずで文庫化とはこれまた早い。ミュージカルの公演に合わせたのかな? 個人的には大久保訳のほうが好きなので、「新訳→ハードカバー、旧訳→文庫」と住み分ければいいのに……と思ってしまいますが。

Amazon.co.jp で詳細を見る Amazon.co.jp で詳細を見る

(2007年8月読了分)

* Tag : ダフネ・デュ・モーリア  

2007.12.30 18:20 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2007. 12. 30

『令嬢クリスティナ』 ミルチャ・エリアーデ

Amazon.co.jp で詳細を見るDomnisoara Christina (1936)
ミルチャ・エリアーデ / 住谷春也 訳 / 作品社
「エリアーデ幻想小説全集1」収録
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青年画家エゴールはブカレストで知り合った令嬢サンダに誘われ、彼女の実家であるZ村の貴族屋敷を訪れる。いつも心ここにあらずのサンダの母親モスク未亡人、妖しい魅力を持つ幼い妹シミナ。二人はモスク夫人の亡き姉であるクリスティナの肖像画を生前の寝室に飾り、崇拝していた。絶世の美女でありながら、三十年前の大農民一揆に巻き込まれ、若くして無残に殺されて遺体も見つからなかった令嬢クリスティナ……。エゴールは屋敷に滞在するうち、サンダとの愛を深める一方で、得体の知れぬ恐怖に怯えるようになる。さらにもう一人の滞在客の考古学者ナザリエは、クリスティナについて村では身の毛もよだつような噂がささやかれていることを知る……。

ルーマニアの宗教学者&作家エリアーデの最初の小説。
クリスティナはいちおう吸血鬼のようで、直接の描写はないものの女性の生き血を吸っているのが暗示されているのですが、それ以外の点では吸血鬼よりも亡霊に近い感じかな。
若くして殺された美しい令嬢の亡霊が生きている青年に恋をする……と言えば聞こえはいいけれど、クリスティナは、その殺された経緯も相まって、非常におぞましい存在に思えてしまいます。
シミナの存在感や火事の場面など、異様な迫力と緊張に満ちた作品でした。

今回は全集の最初に収録されている 『令嬢クリスティナ』 を読んだだけでしたが、他の作品もそのうち読んでみようかと。

(2007年3月読了分)

2007.12.30 17:34 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2007. 05. 16

『ジーヴスと朝のよろこび ウッドハウス・コレクション(7)』

Amazon.co.jp で詳細を見るJoy in the Morning (1946)
P・G・ウッドハウス / 森村たまき 訳 / 国書刊行会
[ Amazon ]

バーティーが今いちばん近づきたくないところ、それがスティープル・バンプレイだった。アガサ伯母さんがウォープルスドン卿と再婚し、バンプレイ・ホールに住んでいるのだ。しかし、そこの釣り場で魚釣りを楽しみたいジーヴスの根回しもあって、バーティーはスティープル・バンプレイに行かざるを得ないハメに追い込まれる。そして、そこではバーティーの友人のボコとノビー、スティルトンとフローレンス・クレイの二組の結婚問題が進行中だった…。

バーティー&ジーヴスシリーズの第四長編。
うーん、今回、ジーヴスはいまいち冴え切っていなかったような…。
そして、今回は一方的に騒動に巻き込まれっぱなしのバーティー。貧乏籤引きまくりで、かなーりかわいそうでした…。バーティーの代わりに胃が痛くなりそうだったくらい(笑)


※ ジーヴス・シリーズ登場人物リストに、本書の分を追加してあります。
http://www012.upp.so-net.ne.jp/carameltea/book/jeeves.html
リスト追加していて気づいたんだけど、『それゆけ』では「ワープルストン卿」だったのに、この本では「ウォープルスドン卿」になってる…。訳者同じなんだから、ちゃんと表記を統一してほしい…。(それと、いつから「翻訳家」という肩書きになったんだ…)

* Tag : P・G・ウッドハウス  

2007.05.16 22:00 | Comments(2) | Trackback(0) | 海外文学-20世紀前半

2007. 01. 08

『サンキュー、ジーヴス ウッドハウス・コレクション(6)』

Amazon.co.jp で詳細を見るThank you, Jeeves (1934)
P・G・ウッドハウス / 森村たまき 訳 / 国書刊行会
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バンジョレレの練習に熱中するバーティー。しかし、その騒音に近所からは苦情が殺到、さらにジーヴスにも辞められてしまう。旧友チャッフィーの領地チャッフネル・ホールの敷地内のコテージを借りたバーティーは、ブリンクレイという新しい従僕も雇い、思う存分バンジョレレに没頭。そこへやってきたのは、チャッフィーのお客のアメリカの大富豪ストーカーとその娘でバーティーの元婚約者であるポーリーン、サー・ロデリック・グロソップ、そしてチャッフィーに新しく雇い入れられたジーヴスだった。ポーリーンとチャッフィーがお互いに一目惚れしたことを知ったバーティーは、二人の恋を後押ししようとするのだが…。

翻訳刊行順はめちゃくちゃになっているけれど、これがバーティー&ジーヴスものの最初の長編。
あーおもしろかったー。堪能しました〜。
なんといっても、終盤のバーティーの行動に感動しました(笑)。いや結局周りの人たちにうまく乗せられているだけなんだけど、それでも、バーティー、いいやつだよなあ。「ウースター様は、おそらく精神的にはいささか取るに足らないお方でございましょうが、金のハートの持ち主であらせられます」とジーヴスがポーリーンに言った言葉のとおりです。だからこそジーヴスは「精神的には取るに足らない」なんて言いつつも(笑)、バーティーのもとで働き続けたいと思うんだろうな〜。ジーヴスがバーティーに(遠まわしに)再就職を申し込むシーンにはほのぼのしました。
ジーヴスの後任者のブリンクレイは、あれ、どんなお酒を飲んだら、あんなふうにイッちゃえるの?(笑)

ところで今回、ジーヴスについて「うやうやしく敬意に満ちた優美な態度で、繊細に整った容貌に陽の光を遊ばせつつ」だの「彼の端正に整った顔立ちのうえに柔らかな笑みが遊ぶ」だのという(やたら美しい)描写がされているのですが……これまで、ジーヴスの外見について書かれていたことってあったっけ? まあ彼のことだからそつが無い顔してるんだろうなーとは思っていたけど、ふーん、そんなにハンサムさんだったのか…。ホントに無敵だな、ジーヴス(笑)

※ ジーヴス・シリーズ登場人物リストに、本書の分を追加してあります。
http://www012.upp.so-net.ne.jp/carameltea/book/jeeves.html

* Tag : P・G・ウッドハウス  

2007.01.08 23:40 | Comments(2) | Trackback(1) | 海外文学-20世紀前半

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読んだ本の感想メモ、気になる本の情報など。翻訳小説が中心です。特に好きなのは、海外古典ミステリと19世紀イギリス文学。
[ 管理人 : Rie ]


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