* Caramel Tea *

Reading Diary

--. --. --

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- --:-- | スポンサー広告

2009. 09. 23

『妻たちと娘たち―日々の生活の物語』

Wives and Daughters: An Everyday Story (1866)
エリザベス・ギャスケル / 東郷秀光・足立万寿子 訳 / 大阪教育図書 (ギャスケル全集6)
[ Amazon ]

田舎町のホリングフィールド。医師ミスター・ギブスンの一人娘モリー・ギブスンは、幼い頃に母親を亡くしたものの、父親の愛情を受けて成長した。12歳のとき、この町の領主であるカムナー伯爵夫妻の園遊会に招かれたモリーは、その大邸宅で以前カムナー家の娘たちの家庭教師をしていた美しい女性ミセス・カークパトリックと出会う。彼女は牧師補と結婚したがまもなく死別しており、モリーと同じ年頃の一人娘シンシアがいた。それから数年後、モリーがもうすぐ17歳になろうというとき、とある出来事がきっかけで、モリーにはお目付け役の母親が必要だと考えたミスター・ギブスンは、再婚することを考え始める。その相手に選ばれたのが、ミセス・カークパトリックだった。親しくしているスクワイアのハムリー家に滞在中にそのことを知らされたモリーはショックを受けるが、そんな彼女をハムリー家の次男ロジャーが慰め、ふたりは友情を育んでいく。結婚式が挙げられ、モリーは新婚旅行から帰宅した父親夫婦と暮らし始めるが、父親と二人で過ごす時間がなくなってしまったことや、新しい母親が見栄っ張りで軽薄であることに気づき、気の沈む日々を送るのだった。そんな折、フランスの寄宿女学校へやられていた美しい娘シンシアが、母親たちと一緒に暮らすために帰ってきた……。

著者ギャスケルが執筆途中に亡くなり、未完となった作品。とはいえ、まとめの何章かが書かれなかっただけで、内容的にはほぼ完結しています。

1820年代のイングランド北部の田舎町を舞台に、「日々の生活の物語」の副題のとおり、中産階級の少女の生活を描いた物語。
起きる事件といえば、父親の再婚や義理の姉妹の恋愛スキャンダルに巻き込まれることぐらいで、これまで読んできたギャスケル作品 『メアリ・バートン』 『北と南』 の労働者問題や、『ルース』 の未婚の母といった社会問題、『悪夢の一夜』 の殺人などのような題材はいっさい出てきません。しいて言えば、『クランフォード』 をもっと写実的にした感じかなあ。
スポンサーサイト

* Tag : エリザベス・ギャスケル  

2009.09.23 23:00 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2008. 10. 23

『ルース』 エリザベス・ギャスケル

Ruth (1853)
エリザベス・ギャスケル / 巽豊彦 訳 / 大阪教育図書 (ギャスケル全集3)
[ Amazon ]

※関連記事
読書中の本 『ルース』 (2008.10.18)
『ルース』 第8~23章 (2008.10.21)

正直言って、後半はかったるかったです……。もともと、主人公が耐え忍ぶ話って好きじゃないからなあ。ストーリーの起伏もあまりないしね(ルースの話に、ブラドショー家の家庭内のゴタゴタが絡んでくる程度)。
身分の高い男に誘惑されて囲われ者になるも捨てられ、未婚の母となる少女ルースの話ですが、このような行為を「罪」「道を踏み外した」と見なす当時のヴィクトリア朝的道徳観を批判する小説ではありません。ギャスケルも、ルースが相手の男ベリンガムの誘惑に身をゆだねたことを(宗教的観念から)はっきり「罪」だとしています。そのうえで、転落した女性たちに自己救済の機会を与えるべきだ、見捨てるのではなく援助するべきだと訴えているのです。しかし、前回も書いたように、その自己救済後のルースがまるで聖女のようで立派すぎて、どうにも現実離れしているように思えてしまいます。もう少し地に足の着いた更生ぶりでもいいだろうに……と思うのよね。
(ところで、ミスター・ベンスンに長年仕えている女中のサリーの給料が年6ポンド、一方、ブラドショー家の家庭教師をしていたルースの給料が年40ポンド、という記述が出てきます。サリーとルースの身分はもともとあまり違わなかったはずなのに、その差にびっくりです。さらに、サリーがその給料をこつこつと貯金し続け、ベンスン家の経済危機(ルースがブラドショー家から解雇されてベンスン家に生活費を入れられなくなったため)のときに使ってほしいと差し出すという場面があって、何と言うか……)

【以下、結末に触れるので反転します】
ベリンガムとの過去のことが町の人たちにバレ、つまはじき者状態になってしまったルースですが、やがて看護婦の仕事を始め、チフスが猛威を振るったときに病院の隔離病棟の婦長を引き受けて献身的な看護を行ない、町の人々から大変感謝され尊敬されて、社会に再び受け入れられることになります。しかし、ミスター・ダンことベリンガムもチフスに罹患していることを知ると、彼の看護に駆けつけ、逆に自分が感染して、命を落としてしまいます。
男に誘惑されて捨てられた少女が未婚の母となって苦労を重ね、最後には死んでしまう話というと、1791年に出版されたスザンナ・ローソンの 『シャーロット・テンプル』(→感想) を思い出します。ローソンの作品は、若い女性に向けて「シャーロットのような悲惨な目にあわずに済むよう十分に気をつけましょう」と警告する意図で書かれたものなので、シャーロットが失望のなかで死ぬという不幸な結末を迎えるのは必然のことと言えます。しかし、ギャスケルは「転落した女性たちの救済」をテーマとして 『ルース』 を書いているので、道をあやまった見せしめとしてルースを死なせたわけではないはずです。ではなぜ、社会復帰も果たしたルースをギャスケルは死なせたのか。ルースは最期まで他の人のために尽くした(自分を捨てた男のために命を投げ出すという最大の自己犠牲)という形で終わらせたかった……などと考えられますが、訳者あとがきでは、贖罪とか自己犠牲の精神とかは関係なく、ルースの死は若き日の「ただ一回の恋の思い出」に殉じたものであった、という解釈が試みられています。
(あまり関係ないけれど、『赤毛のアン』のアンたちが物語クラブを作ってそれぞれ物語を書くという場面で、疫病患者の集落に看護に行った美しい少女が最後にはその病気にかかって死んでしまうというのが、傍から見ると滑稽だけれど少女たちは素晴らしくロマンチックな悲劇だと大真面目で感動している話の例として出てきたのを、ふと思い出しました……)

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『ルース』  

2008.10.23 19:21 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2008. 10. 21

『ルース』 第8~23章

ベリンガムの病気は快方へ向かうが、母親の説得もあって、ルースの存在がわずらわしくなり、ベリンガム母子は置き手紙と手切れ金を残して突然宿を立ち去ってしまう。置き去りにされたルースは、愛する人に捨てられた悲しみのあまり自殺しようとするが、同じ村に滞在していた非国教会の牧師サースタン・ベンスンに止められる。ルースはそのまま臥せってしまい、ミスター・ベンスンはその世話をしてもらうために自宅から姉のフェイス(ミス・ベンスン)を呼び寄せる。
ルースが妊娠していることがわかる。ベンスン姉弟は相談の末、ルースを夫をなくしたばかりの遠縁の親戚ミセス・デンビーだということにして、エクルストンにある自分たちの家に連れて帰って面倒を見ることにする。エクルストンでルースは悲しみに浸り続ける日々を送る。
ルースが男の子を産み、レナードと名づけられた。やがてルースは、ミスター・ベンスンの友人かつ信徒である裕福な新興実業家ミスター・ブラドショーの屋敷で、幼い娘たちの家庭教師として働き始める。
それから五年後。ルースを慕うブラドショー家の長女ジェマイマは、父親の商会の共同経営者ウォルター・ファーカーとひそかに想いを寄せ合っていた。しかし、反抗心とわがままからジェマイマは冷たく無礼な態度を取り、失望したファーカーは淑やかなルースに想いを移し始める。ジェマイマはルースに激しく嫉妬する。一方、ミスター・ブラドショーがエクルストン地区選出の下院議員の選挙に関わることになり、彼が支援する候補者ミスター・ダンが屋敷にやってくる。ミスター・ダンと顔をあわせたルースは、その正体に驚愕する……。

***********************************************

以上、全体の三分の二ほどのあらすじ。
「ブラドショー家の家庭教師」と書かれていますが、教育を受けていない農家の娘のルースが勉強を教えられるはずもないので(他にラテン語・作文・算術の先生がそれぞれいる)、「世話係」ってところでしょうか。

若い女性が罪の意識に苦しみ悩み続けるという、『悪夢の一夜』(→感想)系統の話で、なんか辛気くさい。
ヴィクトリア朝当時の社会的道徳観から言ってもキリスト教的道徳観から言っても、未婚の娘が愛人状態で暮らしていたというのは「罪」で、さらにその結果の私生児を産むというのは恐ろしい出来事だったわけです。なので、当時の読者に主人公ルースに同情を持ってもらうには、その罪を帳消しにできるような人物像にする必要があります(自堕落な女とか性悪な女、ついでに言えば十人並み以下の器量の女とかだったら「自業自得だ」ってことになるだろう)。そのせいで、著者ギャスケルは無意識にルースを飾り立てすぎたのか、少女時代のルースは純粋で無邪気、幼いゆえに何も知らなかったいわば「被害者」、出産後は、威厳と気品を兼ね備えて貴婦人然とし、周囲から愛され敬意を寄せられる非常に美しい女性として描かれ、なんとも嘘っぽい存在になってしまっている。(出産後の姿は、ルースの自己鍛錬の努力の結果という建前ではあるのだけれど、どこで身につけたんだと思ってしまう唐突な変身ぶりです)

ミス・ベンスンとサリー(ベンスン姉弟が幼い頃から仕えている召使い)が登場すると、場面がちょっと明るくなるし、親切だけれどもルースに対してズケズケ言うので小気味良い。

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『ルース』  

2008.10.21 23:30 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2008. 10. 19

読書中の本 『ルース』

エリザベス・ギャスケル / 大阪教育図書 (ギャスケル全集3)
[ Amazon ]

ギャスケルの二つ目の長編 『ルース』(1853年) を読み始めました。
未婚の母となる少女の話らしい。
いつものように途中まであらすじを書きながら読んでいこうと思います。

***********************************************

主人公は、農家の生まれの美しい娘ルース・ヒルトン。
12歳のときに母を、15歳のときに父を亡くし、フォーダムの町一番の婦人服屋であるミセス・メイスンの店で年季奉公のお針子として働き始める。
ある日、ルースは令嬢たちのドレスの補修係として出かけていった公会堂での舞踏会で、ハンサムな名家の青年ヘンリ・ベリンガムと出会い、憧れの気持ちを抱く。次の日、お使いに出かけたルースは、子供が川でおぼれるのに遭遇。それを助けたのがミスター・ベリンガムだった。ルースの清らかな美しさに惹かれていたミスター・ベリンガムは、その子供の世話をするように頼み、その報告をしてほしいというのを口実にして、ルースと待ち合わせをして会うようになる。
ある日曜日の午後、ふたりはルースの生家まで遠出する。そこには、両親の使用人だったトマスとメアリの老夫婦が今でも住み続けており、ルースは再会を喜ぶが、ベリンガムは身分の低い者と親しくするのを快く思わなかった。その帰り道、たまたま通りがかったミセス・メイスンが、ベリンガムと腕を組んでいるルースを目撃。自分の店のお針子の貞操に厳しいミセス・メイスンは激怒し、その場でルースに解雇を言い渡して立ち去る。行き場をなくして嘆き悲しむルースに、ベリンガムは優しい言葉をかけて彼女を愛していると言い、仕事でロンドンへ行くので一緒に来るように誘う。ベリンガムを愛しているルースは、さんざんためらった末に「イエス」と答える。
それからしばらくして、ベリンガムはルースを連れて、北ウェールズの小さな山村にある宿へやってきた。ベリンガムと結婚せずに一緒に暮らしているルースは、他の泊り客たちから白い目で見られ、ショックを受ける。ベリンガムが脳炎で倒れて重病となり、看護のために母親のミセス・ベリンガムが呼ばれる。高慢な貴婦人であるミセス・ベリンガムはルースのことを息子に道を誤らせた身持ちの悪い女だと考えており、同じ宿にいることを不愉快に感じていた。

以上が第7章までの話。
『メアリ・バートン』 で、もしメアリがハリー・カースンと付き合い続けていたら、こんなふうになっていただろう……って感じですかね。

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『ルース』  

2008.10.19 23:07 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2007. 04. 23

『メアリ・バートン―マンチェスター物語』 エリザベス・ギャスケル

Mary Barton (1848)
エリザベス・ギャスケル / 直野裕子 訳 / 日本ギャスケル協会 監修 / 大阪教育図書 (ギャスケル全集2)
[ Amazon ]

※ これまでの関連記事
読書中の本 『メアリ・バートン』
『メアリ・バートン』 第6~13章
『メアリ・バートン』 第14~22章

おもしろかった~。去年からヴィクトリア朝文学の長編を読んでみてもあまりおもしろくなくて(もしくは自分の好みではなくて)がっかり…ということが続いていたのですが、ひさしぶりに満足。
特に、ジェムが殺人事件の犯人として逮捕され、メアリがジェムの無実を証明しようと奔走する後半部分、メアリとジェムがどうなるのかと夢中になって読んでしまった。物語前半でメアリは身分違いのハリー・カースンと交際して結婚を夢見るなど少々軽率なところがあり、それがジェムがハリー殺害の犯人として逮捕されることにもつながるわけですが、ジェムのアリバイを立証しようと全力で駆けずり回る姿は彼女の過去の欠点を補って余りあり、メアリにはぜひジェムと幸せになってほしいと思わずにはいられませんでした。ジェムも、他の人たちのとばっちり受けまくりなのは非常に気の毒だったけど、とっても懐の深い好青年だったし、あー、大団円で良かった~。

この作品、後半は殺人事件の話に重点が移ってしまいますが、メインに据えられているのは、工業都市マンチェスターの貧しい労働者たちの実情を描き出すこと。前半部分では、職工ジョン・バートンとメアリの父娘の周囲の人間模様とともに、労働者たちの悲惨な生活状況が描かれているし、殺人事件も労働者と工場経営者の間の労使問題から生じた出来事で、結末部分でギャスケルはふたたびその問題を取り上げ、自分なりの解決策を示しています。
しかし、労使間の対立などの社会問題に対するギャスケルの見解は、どうにも手ぬるく思えてしまう。ギャスケルは「工場主たちは、労働者たちとは単なる金銭上の契約のみならず愛と尊敬の絆によって結ばれるのが最も望ましい」と考え、雇い主たちに「労働者たちを信頼し理解するように努め、救いの手を差し伸べるべきだ」と強く訴え、その一方で労働者たちには、深い同情を寄せながらも「雇い主たちだって人間なのだし、何か事情があるかもしれないのだから、彼らを理解し思いやるようにしなければならない」と説きます。確かに、相手を理解し思いやる精神があれば世界中のほとんどの問題は解決するだろうけど、現実的に考えれば「理想論」にしか思えないし、目の前で家族が飢えや病気で死んでいく人々に対して「思いやりの精神」を説いてみても腹の足しにはならない。ギャスケルの訴えは非常に真摯なものだし、理想を説くのも悪くはないけれど、労働者たちの劣悪な生活環境のリアルな描写と噛み合ってないように感じます。(ギャスケルは、そもそもなぜこのような社会問題が起きるのか、という点までは踏み込んでいないわけで、このあたり、『オリバー・ツイスト』 などで貧困層を存在させるものとして当時の社会をはっきりと「悪」と糾弾したディケンズと比較してみると興味深いかも)

しかし、解説で指摘されているように「この作品に取り上げられた労使の対立、貧富の差の問題について、政治的社会的な面で食い足りないところがあるにしても」、メアリを始めとする登場人物たちの悲しんだり喜んだりする様が生き生きと描き出され、またギャスケル特有の温かな視線と穏やかなユーモアがそれを彩り、とても魅力的な物語であることには違いありません。

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『メアリ・バートン』  

2007.04.23 18:52 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2007. 04. 22

『メアリ・バートン』 第14~22章

メアリはジェムに会う機会もなく、また慎みもあって素直な気持ちを伝えることができないでいた。そんなこととは露知らず失意のままのジェムに、あるとき、町中でひとりの女性が声をかけてくる。行方知れずになっていたエスタだった。陸軍士官と駆け落ちしたあと転落人生を送って娼婦となっていたエスタは、メアリが不実そうな紳士のハリーと付き合っているのを見て、姪が自分の二の舞とならないように守ってやってほしいと頼みにきたのだった。ジェムはメアリがハリーを愛しているのだと思い込んで激しいショックを受けつつも、ハリーに会いに行き、真剣な気持ちならメアリと結婚してやってほしい、そうでなければ彼女には二度と近づくなと告げる。ハリーが侮蔑的な態度を取ったため、二人は取っ組み合いの喧嘩になり、近くにいた巡査が止めに入る。
労働者たちが低賃金に不満を持ってストライキを起こす。ジョンを含む代表者たちと工場主たちの間で話し合いが持たれるが、強硬派のハリー・カースンを始めとする工場主側は要求を撥ねつけ、労働者たちは激しい怒りを抱く。
数日後の夜、ハリーが何者かに銃で撃たれて死ぬ。その犯人として逮捕されたのは、ジェム・ウィルスンだった…。

***********************************************

以上が第19章まで(前半部分)のあらすじ。
これ以上書くのはやめておきますが(それでも十分細かく書きすぎたかも)、この後、ジェムが無実だと知っているメアリが、彼を助けるために奔走するという展開になるようです。

いや~、メアリとジェムの見事なすれ違いっぷりにドキドキするわー(笑)。メアリはジェムに愛していることを伝える機会がないまま、ジェムはメアリが他の男を愛しているのだと思い込んでメアリの本当の気持ちを知らないまま。二人が一度も会うことができずにいるうちに、ジェムは逮捕・勾留されてしまうのです。ま、こうなったのもメアリに責任の大部分があるんだけどね~。メアリは、一度プロポーズを断られただけで諦めてしまうなんてジェムはせっかちだと考えるのですが、それまでずっとつれない態度をとっていたのはあなたですよ、メアリさん。普通は相手に脈がないと感じたら、真剣にプロポーズして断られるなんて辛いこと、ふたたび経験したいとは思わないよなー。

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『メアリ・バートン』  

2007.04.22 23:50 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2007. 04. 21

『メアリ・バートン』 第6~13章

工場経営者カースンの息子ハリーが、店で見かけたメアリの美しさに惚れ込んで熱心に言い寄ってくる。メアリもお金持ちで陽気でハンサムなハリーに惹かれ、二人はメアリの仕事の行き帰りに待ち合わせをしたりして会うようになる。ハリーが結婚を申し込んでくれるものと思い込んだメアリは、ミセス・カースンになって裕福で安楽な生活を送ることを夢想するのだった。
1839年、工場地帯の労働者たちは不況のあおりをうけ、貧困生活に苦しんでいた。窮乏状態を国会に訴えるためロンドンに代表者が送られることになり、そのひとりにジョンが選ばれる。しかし、国会はそれを退け、ジョンは失意のうちに帰郷する。上京のために仕事を失い復職もできず、希望を失ったジョンはアヘンを常用するようになり、身も心も荒んでいく。どんどん気難しくなっていく父親を心配するメアリ。
職工長に出世したジェムがメアリにプロポーズする。ジェムとの結婚を期待する周囲への反感やハリーと結婚することもできるのだという野心から、メアリはそれを拒む。しかし、絶望したジェムが去った直後、メアリは自分がハリーではなくジェムを愛していることを悟る。メアリはハリーにもう会わないと告げ、そのとき初めて彼に結婚する意志がなかったことを知る。しかし、自分が振られるなど信じられないハリーはメアリにしつこくつきまとう。

***********************************************

おもしろいです。訳もなかなか読みやすいし。『クランフォード(女だけの町)』 に代表されるようなギャスケルのユーモア感覚って私好みだ。メアリにひと目会いたいとジョンへの訪問にかこつけてバートン家に(気合を入れておしゃれまでして)やってきたジェム、しかしメアリは自分の部屋に行ってしまい、ジョンの長話に延々と付き合わされるはめになるところだとか。
もう少しメアリがハリーとの結婚を夢見ている状態が続くのかと思っていましたが、メアリは案外早く、自分が愛しているのはジェムであることに気づきます。もっとも、それまでジェムに対しては妹のような情愛しか示していなかったので、いささか唐突にも思えるけれど。メアリにプロポーズを断られたジェムが 『北と南』 のミスター・ソーントンみたいに暴走してくれたらおもしろいのに(笑)とか思っちゃったんですが、きちんと働いて生活費を稼がなければならないジェムにそんな余裕(?)はないのでした。まあ、プロポーズを撥ねつけられてメアリの家を飛び出した後は、一人で思いっきり絶望に浸るために、野原の方にものすごいスピードで走り去っていきますが。
一方、悪い方向で暴走しちゃうのが自分に自信たっぷりのハリー。最悪な元カレ・ストーカーと化します。ギャスケルにもその行動を「これほど確実に彼女に嫌われる方法はなかっただろう」とまで書かれてしまっているのがおかしい。

工場地帯の労働者と経営者の間の問題を描いている点では、『北と南』 (こちらが書かれたのは7年後)とよく似ていますね。
『北と南』 では外から来た人間である主人公マーガレットに代弁させていたことが、『メアリ・バートン』 ではそのような立場の人間がいないので、著者の主張として地の文で書かれています。『北と南』 を読んだときに感じた「労働者に同情的ではあるけれど、どこか上から目線」というのを、この作品でも感じます。高飛車とかそういうのではなく、「当事者じゃないからそんな理想論を言っていられる」、そんな感じ。

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『メアリ・バートン』  

2007.04.21 23:15 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2007. 04. 19

読書中の本 『メアリ・バートン』

彩流社 『メアリ・バートン―マンチェスター物語』 大阪教育図書 『ギャスケル全集(2) メアリ・バートン―マンチェスター物語』

エリザベス・ギャスケルの最初の長編、『メアリ・バートン』 (1848年)を読み始めました。
この "Mary Barton"、なぜか1998年~2001年の間に三種類も翻訳が出ているんです。
彩流社 『メアリ・バートン―マンチェスター物語』
近代文芸社 『メアリー・バートン―マンチェスター物語』
大阪教育図書 『ギャスケル全集(2) メアリ・バートン―マンチェスター物語』
利用している図書館にあったのは、後者ふたつ。とりあえず両方借りてきておいて、ギャスケル全集のほうを読むことにしました。近代文芸社のは、複数の人の共訳になっているのがどうかな、と思って。ギャスケル全集も以前読んだ 『北と南』 の訳がひどかったのでちょっと心配だったのですが(翻訳者は別の人)、今のところ、読みにくいことはありません。


***********************************************

今日読んだ第1章~第5章のあらすじ。

マンチェスターの貧しい職工ジョン・バートンは、失職後の貧困生活で病気の息子を亡くしたこともあって、工場経営者ら富裕層に敵意を抱き、労働組合に参加しているが、貧しい仲間たちに対しては自分の食費を削ってまでも食べ物を買って与えるような親切な男だった。ある日、妻メアリの派手好きな妹エスタが行方をくらまし、妊娠中だったメアリは心労がたたって、娘のメアリを遺して亡くなってしまう。
数年後、美しく成長した娘のメアリは婦人服の仕立屋でお針子見習いとして働き始める。自分の美貌に自信を持つメアリは、叔母エスタが失踪前に「ねえ、メアリ、いつかあんたを呼び寄せてレイディにしてあげるとしたら、どうする?」と言っていたのを忘れられず、貴婦人になることを夢見ていた。ジョンの友人ジョージ・ウィルソンの息子で、メアリの幼なじみの機械工の青年ジェム(ジェイムズ)は以前から彼女に想いを寄せ続けているが、メアリは相手にしようともしない。
あるとき、メアリはジョージの姉アリス・ウィルソンに上の部屋に住むお針子マーガレットを紹介され、ふたりはすぐに親しくなる。歌の才能を持つマーガレットは植物学好きの祖父ジョウブ・リーと二人で仲良く暮らしていた。

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『メアリ・バートン』  

2007.04.19 23:10 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2006. 10. 03

『悪夢の一夜』 エリザベス・ギャスケル

A Dark Night's Work (1862)
エリザベス・ギャスケル / 朝川真紀・中村美絵 訳 / 近代文芸社
[ Amazon ]

幼いときに母を亡くし、父親と強い絆で結ばれて成長したエリノア。やがて野心家の青年コーベットと婚約し、幸せいっぱいの毎日を送っていた。しかし、ある夜、父親のウィルキンズ氏が仲の悪い共同経営者ダンスター氏を激しい口論の末に、あやまって殺してしまう。エリノアとウィルキンズ氏は忠実な御者ディクソンとともに、ダンスターの死体を庭に埋めて隠蔽を図るが、罪の意識に激しく苦しむようになる。それはまた、エリノアとコーベットの婚約にも暗い影を落とすのだった…。

殺人は起きるもののミステリーでもスリラーでもなく、殺人を犯した父と隠蔽を手伝った娘が罪の意識に追い詰められていく話。ヴィクトリア朝的道徳観らしいお定まりの展開で、つまらなかった。
そもそも、このウィルキンズ氏というのがどーしようもない人物なので(事務弁護士である彼が堕落していく過程が詳細に描かれている)、そんな父親を盲目的に愛し、最後までその本質に気づかない(父の言うことをなんでも鵜呑みにしてしまう)エリノアが悩み苦しむことになろうとも、あまり同情する気になれない。エリノアは父のことを気の毒な人物だと言うが、共同経営者に仕事を怠けていることを責められて逆ギレし、相手を殴って死なせてしまい、自分の預かり金使い込みを彼がやったことにしてしまう人物のどこが気の毒ですって? でも、エリノアは父親思いの勇敢で優しい娘ということになっているので、ストーリーはそんな彼女に同情的な展開を見せ(もっともエリノアもそれなりの苦労はするわけですが)、読んでて白けていく一方なのでした…。

* Tag : エリザベス・ギャスケル  

2006.10.03 23:10 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2005. 01. 26

『北と南』 第43~52章(最終章)

【 本日のジョン・ソーントン氏 】

「それを私に下さらなきゃだめよ」
「いいとも。だが、お返しがなきゃダメだ!」

……わぁーお。

---------------------------------------------------

というわけで、やっと読み終わりました。
両親の相次ぐ死によってミルトンを去り、ロンドンの従妹イーディス宅に居候していたマーガレット。
タイミングよく名付け親が急死、多額の財産を遺してくれたために、一躍“女相続人”ですか。
で、そのお金のおかげで、ハッピーエンド。
へえ、よかったわね。(棒読み)


全体まとめての感想(というより、マーガレットの悪口?(苦笑))も書きたいと思っているんですが、さて、いつものごとく、いつになることやら…。
(こんなこと書いてますが、全体としてはおもしろかったですよ。特に、ミスター・ソーントンの見事な壊れっぷりが(笑))


Amazon.co.jp で詳しく見る『北と南』
North and South (1855)
エリザベス・ギャスケル / 大阪教育図書 (ギャスケル全集4)

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『北と南』  

2005.01.26 23:26 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2005. 01. 24

『北と南』 第36~42章

【 本日のジョン・ソーントン氏 】

マーガレットが恋人のために(殺人かもしれない事件で)虚偽の証言をしたのだと勘違いし、咄嗟にその事件をもみ消してしまったものの、ショック受けまくり。
「僕の側の何か馬鹿げた熱い思いは完全に冷えてしまったのだ」などと言って、余所余所しくなってしまいました。
ちぇっ、つまんないの(笑)

---------------------------------------------------

この物語では、ストライキと労働組合、そのふたつが引き起こす問題がクローズアップされています。特に話の中心となっているのが、17~22章、そして36章のあたり。
当時の貧しい労働者にとってストライキとは、イコール、即その日の生活費にも困ること。でも、家族の飢えをしのぐために働きに行けば、労働組合は彼らを「ストライキ破り」の「裏切り者」として強く非難する。また、ストライキによって仕事にあぶれ、酒におぼれるようになる者もいる。だからといって、労働組合が悪かというと、そうでもない。「みんながいっしょに参加することによってしか、労働者は自分たちの権利を獲得出来ねえんだ」と、組合の役員であるヒギンズは主張します。すべての労働者にストライキ(つまり飢えること)を強制することはよいことではない、だけど、今のままの賃金では生活は苦しいままであり、団体にならなければ工場経営者たちに賃上げ要求も聞いてもらえない、というジレンマ。
しかし、そのあたりの事情もおかまいなしに、「私はこれが正しいと思う、だからあなたはこうしなさい」と外野から意見を押し付ける、我らがヒロイン・マーガレット嬢。おまけに、ヒギンズが労働組合に引き込んだ隣人が死んでしまった件について、(故意ではないとはいえ)ヒギンズに罪悪感を持たせてしまう。
で、自分自身は、例の事件で兄フレデリックのために虚偽の証言をしたことを、「正しいことではなかった」といつまでもくよくよくよくよと悠長に思い悩んでいる。
ベッシーから「これまでのどかな場所で暮らしてきたあなたには、貧乏とか心配とか不正とかいうものはわからない」と言われたのに対して、マーガレットは「偉そうに人を決め付けてはいけないわ」と言い返しているけど、結局、ベッシーの言うとおりなのよね。その日の食事にも困るような生活では、正しいことだけしているのでは生きていけないこともある、マーガレットはその現実を知らずに理想論をぶっているだけ。
(あー、あとついでに、オックスフォード命のベル氏とミルトン命のソーントン氏がおらが地元自慢で口論になったとき、彼女が言うに事欠いて「彼らがもう少し相手の考えを理解すればそれはとても素晴らしいことでしょうに」とのたまったときにはイライラッとしましたよ。どの口が言うかっ、どの口がっ!)

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『北と南』  

2005.01.24 23:29 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2005. 01. 23

『北と南』 第21~35章

ソーントン氏は断固としてストライキ中の労働者の要求に応えようとせず、アイルランドから代わりの働き手たちを連れてくる。
それに怒り狂って、彼の邸宅へ殴り込みをかけてきた一部の労働者たち。たまたまそこに居合わせたマーガレットは、ソーントン氏を庇おうとして怪我をしてしまう。
彼女の行為が自分への愛情ゆえのものだと考えたソーントン氏は、翌朝、マーガレットに彼女を愛していることを告げる…。

---------------------------------------------------

上のは24章までのあらすじ。
最後まで詳しいあらすじを書いてしまうのもなんなので、このあたりでやめておきます。

さて、ジョン・ソーントン氏がいい感じに壊れてまいりました(笑)
そもそも、傲慢でいつも自分を見下しているようなマーガレットを好きになる時点で、「もしかして…マゾ?」と思ってしまう…。
マーガレットはソーントン氏を庇おうとしたときに、とっさに自分の体を楯にしようとして(何の他意もなく)彼の首に抱きついたのですが、ソーントン氏、そのときの彼女の両腕の感触を思い出してゾクゾクしちゃってます。
そして、マーガレットにこっぴどくプロポーズを撥ねつけられたあとは、「もし、怪我でもして大げさに涙を流してわあわあ荒れまくっている小さい子供と並んで、玄関の前階段に腰を下ろし泣き叫ぶことが出来たならば救われたであろうに」などという気分になり、さらに間違って彼の前に停まってしまった田舎行きの乗合馬車に乗り込んで、プチ失恋旅行に出てしまうソーントン氏。(数時間で戻ってきますが)
その後も街中で、彼女が抱きついてきたときの思い出に浸りきっていて、知り合いが近寄ってきたのにもまったく気づかないソーントン氏。
マーガレットが兄フレデリックと一緒にいるところに通りがかり、フレデリックに「感じの悪い男だ、なんてしかめっ面をしているんだ」と思われてしまうが、実はそれはフレデリックがマーガレットの恋人であると誤解して機嫌が悪かったためだったソーントン氏。
挙句の果てに、マーガレットが関わった殺人(かもしれない)事件を、自分がその事件の担当の治安判事であることをいいことに、もみ消してしまうという暴挙に出るソーントン氏。おいおい、権利濫用にもほどがあるのでは?!

一方のマーガレットは、というと…。
労働者に同情的で、ヒギンズにアドバイスめいたことを言ったり、ソーントン氏に反論したりしているのですが、結局、働かなくても衣食住に困らない人間が上からものを言っているようにしか見えないんだよなあ…。

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『北と南』  

2005.01.23 23:41 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2005. 01. 21

『北と南』 第7~20章

ミルトンで暮らし始めたマーガレットは、煙と霧のひどさや騒々しさにイライラした毎日を送っていたが、工場の労働者ヒギンズとその娘で肺結核を病んでいるベッシーと知り合い、町の人々に興味を持ち始める。
ヘイル氏の新しい仕事は、商業的知識が学問よりも重要視されるミルトンにおいてなお教育を受けたいと望む若者に個人指導することで、なかでもお気に入りの生徒となったのは、ベル氏の友人で工場経営者の青年ジョン・ソーントンだった。ヘイル親子は、彼が貧しい少年時代から苦労を重ねて今の地位を得たことを知る。しかし、営利主義的で労働者に対して無情なソーントン氏に、マーガレットは反感を持つ。また、ソーントン氏も冷淡なマーガレットに見下されているように感じて苛立っていた。
ミルトンに来てから具合を悪くしていたヘイル夫人が余命幾ばくもないことを、マーガレットは医師から告げられる。ヘイル夫人は息子フレデリックに会いたがるようになる。彼は海軍で横暴な上司に対して反乱を起こし、イギリスに帰れない身となっていたのだ。
その頃、ミルトンでは賃上げを要求する工場労働者たちがストライキを始めていた。

---------------------------------------------------

題名の 『北と南』 というのは、イギリスの北部(主にミルトン)と南部(主にハンプシャー州)のことを指しているんですねえ。
独立心に富み活発な北部の工業都市と、封建的でのどかな南部の田園地方が対照的に描かれています。で、それぞれを代表しているのが工場経営者の青年ソーントンと、“淑女”を自任するマーガレット(母親は准男爵の娘)なわけです。
資本主義社会に生きる庶民の私としては、どちらかというと、自分の仕事に誇りを持って精力的に働き、母親や妹に安楽な暮らしをさせていることに喜びを感じるソーントン氏のほうに肩入れしがち(彼にも問題点はあるのですが)。叔母宅やヘルストンではおとなしいしっかり娘タイプだったマーガレットが、ミルトンに来てからは北部や商人たちを見下す高慢ぶりを発揮しはじめたのでなおさら…。

訳は少しは慣れてきましたが、でもやっぱり意味の通じてない文章が多い…。
マーガレットとソーントン氏が工場や労働者について討論しているところとか、ただでさえ経済オンチな私にはちんぷんかんぷんなのにー。
あと、下町娘のベッシーの一人称が「あたい」なのはまだしも、「~なんよ」「~するんよ」という語尾なのが気になる…。

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『北と南』  

2005.01.21 23:42 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2005. 01. 19

『北と南』 第1~6章

主人公は、牧師の娘マーガレット・ヘイル、18歳。
10年ほどロンドンの裕福な叔母の家で暮らしていたが、従妹イーディスとレナクス大尉の結婚を機に、ハンプシャー州ヘルストンにある実家の牧師館に戻る。
しかし、父のヘイル氏が英国国教会に疑問を抱き、牧師の職を辞めなければいけなくなる。ヘイル氏は大学時代の恩師ベル氏の仲介で、北部ダークシャー州の産業都市ミルトンで個人指導教官の職につくことに。
両親とともに、愛するヘルストンを出て、ミルトンへと行かねばならなくなったマーガレット。それは産業都市を嫌悪し商売人を軽蔑する彼女にとって、これ以上もないほどうんざりすることだった…。

---------------------------------------------------

全52章中、第6章まで読みました。
なかなかページが進まないのは、訳のせいです…。これはちょっとひどすぎる…。
ただの直訳なら読んでいくうちにあまり気にならなくなるんですが、直訳しすぎて日本語になっていない部分が多いのです。数ページに一箇所は意味の分からない文章があって、「これって誰が主語?」「これは否定、それとも肯定?」とか、何度も読み返して考え込まなければならなくなる。

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『北と南』  

2005.01.19 23:46 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

2005. 01. 18

読書中の本 『北と南』

Amazon.co.jp で詳しく見るエリザベス・ギャスケル / 大阪教育図書 (ギャスケル全集4)
[ Amazon ]

ギャスケルの長篇小説はいずれ6篇全部読みたいなーと思っているのですが、『女だけの町(クランフォード)』 の次はこれにしました。1855年の作品。
図書館で借りてきました。7000円以上もするので、個人ではなかなか手が出ません。
長い話なので、読み終わるまでちょっと時間がかかりそう。途中、メモでもとっていこうかな…。

* Tag : エリザベス・ギャスケル  『北と南』  

2005.01.18 21:48 | Comments(0) | Trackback(0) | 海外文学-19世紀

* Site Info

読んだ本の感想メモ、気になる本の情報など。翻訳小説が中心です。特に好きなのは、海外古典ミステリと19世紀イギリス文学。
[ 管理人 : Rie ]

* Search

* Recent Entries

* Categories

* Tag List

* Archives

* Other


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。